「あっ、師匠、潤士郎さんが苛立っておいでですよ」

「ほんとだ。がたがたって、貧乏ゆすりの音がする」

「早く戻りましょう」

「潤の妬きもちやきにも困ったもんだ」

「嬉しそうですよ。顔が」

「ばかいえ…」


縁にて、潤士郎が背な、いかにも腹立たし気な様見せております所、智近づき、声掛けまする。


「潤…拗ねてんのか」

「す、拗ねてなどおらぬ」

「じゃ、楽しい酒飲もう。なんなら、おいら舞おうか?」

「あっ、でしたら私、笛吹きますよ。師匠や、翔の君様程上手ではありませんけどね」

「ふん。勝手にしろ。どうせ俺は、雅を解さない田舎者だよ」

「なんなんだよ…完全に臍曲げてるじゃねぇか」

「本当に。悪い酒ですね」




智の家にて三人が話す頃、翔の君の邸では、雅紀の膝枕に翔の君、横におなりになり、細い月を眺め、時折、お二人は瞳を見交わし、嫋やかなる刻(とき)を共に致しておいででした。







そうして、時に月を見、時に花を見、鳥に、虫に、風に、季節を感じ、移ろう日々を過ごしてゆくのでございます。
それは、いつの日も同じことでございましょう。



智が、また、翔の君が見る月は、日々その姿を変える如くに見えたれど、その実、変わらず宇宙(そら)に在り、この地球(ほし)の上の出来事、皆、見守りて、大野の里に架かる月も、都に架かる月も、彼の時代に架かる月も、現在(いま)に架かる月も、皆、同じ月にございます。



皆、繋がっているのでございます。




遥かなる時の流れに想いを馳せ…今は昔…今は昔のこと、長い長い時代(とき)の彼方の物語りにございます。




お付き合い下された御方々には、何を由無しことを、と、思し召されましょう。なれば、これは、夢幻、と、思し召し下さりませ。さすれば、お腹もお立ちあそばされますまい。



この世は夢の如くにてございます。
ひとえに、草の上の露程の儚き夢でございます由、心平らかにお過ごし下されますように。




──了──


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明日、あとがき出します。