朧月(おぼろづき)


川の上流には、冷たき清水の湧きいづる所と、熱き温泉の湧きいづる所が在りました。
そのふたつが川へと合流致し、水草を養い、魚を養い、人を養う、豊な水となりて流れておりました。



智は、温泉の湧きいづる近くを少しばかり掘り、周りに石を並べ、川の水と、温泉とが、塩梅よう混ざり合うて、人の浸かれる場所をこさえ、潤士郎の来るを待っておりました。


陽の傾き、風も冷とうなり、智は小枝を集めて、焚き火始めまする。
白き煙、一筋昇り、薄曇りの空に消えゆきました。


やがて、雲の切れ間に星出で、東の空に居待ちの月、朧に輝き始め、智の腹の虫も鳴り始めてございます。


「腹減った…魚でも捕まえてりゃ良かった…」

ぼんやり申す智の耳に、河原の石を踏む音が、微かに聞こえ、遠くに火も見えました。




程なく、酒とつまみ携えし潤士郎が現れ、湯に浸かりて、月見酒とあいなりましてございます。

「いい塩梅の湯だ。智、一人でご苦労だったな」

「おう」

「だが、何故(なにゆえ)今なのだ?明日、明るい内でも良かったではないか」

「いや。昼は猿が出る」

「ああ。確かに」

「人も出る」

「人はいいだろう。共に入れば」

「だめ」

「智は、いつからそんな、けちになったのだ?」

「そいつは、和っつって、生っ白い体して、妙に色っぽくて、潤がほれそうだから、だめ」

「惚れそうって…智、俺は…!」

「ん?」

「俺は和也には惚れない…!」


そう申した潤士郎は、酒と湯に朱に染まった智の顔見やり、困ったような面して、俯せ、顔背けました。
それを、焚き火の赫い炎が照らし、智よりも赤く致します。


「じゃぁ、おいらは…?」

智の腕、潤士郎の肩包む如くに回され、驚き、そちら見やれば、すぐ傍に、潤みたる瞳を妖しく輝かせた、智が見詰めておりました。


「おいらだったら…?」


智の顔が、ゆっくりと近づいて参ります。


潤士郎、咄嗟に体逸らさば、その拍子に湯を跳ね上げ、智の顔を濡らしましてございます。


「あっ!済まぬ、智」

謝る潤士郎を智は見上げまする。

「…」

「何だよ。智がいけないんだぞ。急に、そんな……だいたい、順序とゆうものがあるだろう!」

「おいら、何も言ってない」


潤士郎、更に狼狽え、言葉失くしまする。
その様見て、智は目許を細め、申します。


「よし。順番守ればいいってことだな?」


智の問いに、潤士郎は目を剥くばかりにて、ことの成り行きに固唾を呑みました。


「おいら、潤のこと、ずっと前から…」