萩


翔の君の寝所から見える庭に、そよそよと風の吹きて、白い小さき花をつける萩や、芒(すすき)の穂などを小さく揺らす様を、雅紀は、見るともなく眺めておりました。



高い空に、鰯雲の群れを成し、ゆっくりと動きゆきます。



雅紀は、髪を下ろしたまま、衣は着けてはおるものの、歪に着崩れ、しどけない有様にて、脇息に凭れておりまする。


そこへ、足音近づきて、静かに、襖が開けられました。

雅紀は、ゆるりとそちらへ顔を向け、そこに立つ人見て微笑みまする。


その人、一人入(い)りて、続いてもう一人入(い)ると、雅紀が目は驚きに見開かれましてございます。

「え?…ええ?!翔の君様が二人?!ええ?!」

「ばか雅紀。良く見ろ」

「ん?…えっ!和也!うそっ!和也、いつ元服したの?!」

「今だよ。翔の君様…いや、主様にお許しを頂いて。俺、お暇頂いたから」

「そう…なんだ…」

雅紀が面は、淋し気に曇りましてございます。

「そんな顔すんな。二度と会えない訳じゃない」

「うん…和也、元気でね」

「ああ…」


和也は、想いを断ち切るように目を上げて、翔の君を振り返りました。


「それでは、私は失礼致します」


君、静かに頷きて、それから、雅紀に視線をお移しになられました。



和也が寝所を出て、開け放ちたる襖に手を掛け、引きかけたる折、雅紀の、喜びに満ちてお名を呼ばわる声を聞き、俯いていた顔を上げ、愛しさに潤めたる瞳にて見上げたる雅紀が面、君のお肩越しに見、体に、ゆうべの余韻の疼くが如くに思われ、また、顔俯け、襖閉めましてございます。




「翔の君様…!」

歩み寄られ、傍らにお膝お着きになられますと、雅紀が体からは、既に仄甘い薫りの立ち、翔の君を誘惑致しまする。


「雅紀、体は大事ないか?」

「はい…ごめんなさい…なんか、久し振りだったせいかな?…疲れちゃったみたい」

恥ずかし気に顔を赤らめ、雅紀は答えまする。翔の君は、複雑なお心持ちにて、その言葉をお聞きになられました。
君は小さく溜め息為され、雅紀の髪をお撫であそばされました。


雅紀は、少しうなだれて、君のお胸に額を寄せまする。すると、ゆるい襟元から肩口が覗き、首筋から胸が露わに見えました。そこには、小さき赤い痣が、痕を残しておりました。


翔の君、髪、愛でつつ、昨夕の名残りに指先添わせますと、雅紀から、「ん…」と、小さき声が、漏れ出でまする。



御手はそのまま衣の奥へと伸べられ、雅紀が肌を味わうように撫で摩り、雅紀を慌てさせました。

「翔の君様!まだ、こんなに明るいよ!」

「わしが求めておるのだ…何か不服があるのか」

「え…でも、だって…」


などと申しながら、雅紀はもう、瞳を潤ませておりまする。

「みんな見られちゃうのは…ちょっと、やっぱり、恥ずかしい!」

「今更、何を申しておる。ゆうべも月夜で、明るかったであろうに」


翔の君のお胸の内に、月光を浴びる、智の姿が浮かんでございました。


「あれ?…そうだっけ?なんか、ゆうべはあんまりお顔が見えなくて、影の印象しかなくて…烏帽子と、あと、この薫りは、はっきり覚えてるんだけど…」

「そうか」


翔の君は、和也が言葉を思い出し、お胸を痛めました。


わしを恋うるあまり、和也をわしと思い込む為、理に適わぬことは見なんだと申すのか…。そのような相手を抱いた和也もまた、苦しかったであろうに…。



「雅紀…済まぬ。許せ」

「え?何?何を?」

「わからぬでも良い」

翔の君は、深いくちづけを為されました。
雅紀は、僅かに抵抗致しましたけれども、端(はな)から求める心強ければ、すぐに体、蕩けさせ、その身を委ねまする。