この日も、都の邸より見えたる、山の端より月の出を見た雅紀は、その面(おもて)に帰らぬ君の面影を強くし、飽きず忍んで参ってしまったのでございます。
けれど、その後ろに、和也がついて参っていたことに、気づいてはおりませんでした。
和也は、度々、雅紀の姿が見えぬようになることを訝しんでおりました。そして、ついに、後をつけて参ったのでございます。
「あのお部屋は、翔の君様の…」
雅紀の行き先を突き止めた和也が、柱の陰より、そっと中の様子を窺いますと、翔の君の脇息に身を凭せ、切なき目をして月を見上げる雅紀が居りました。
明るき月に煌々と照らされて、雅紀のその、何とも胸を打つ哀し気な瞳にも、やるせな気に投げ出された身体(からだ)にも、神秘の色が加わり、和也は、惑乱されてしまったのでございます。
魅入られた和也は、雅紀の許へと引き寄せられてゆきました。
突然現れた和也に、雅紀は驚き、体を強張らせ、後ずさろうと致しました。その折、傍らに置かれておりました物入れを、ひっくり返してしまったのでございます。
「あぁあ…何やってんだよ…」
「ごめん!だって、和也がびっくりさせるからでしょ?!」
「こんな所に居る雅紀が悪いんだよ」
「だって、翔の君様が恋しかったんだもん」
「そりゃ、わかるよ…わかるけど……あれ?」
散らばった物を拾い集めていた和也の手が止まりました。
「何?」
「いや、何でもない」
「何でもなくないでしょ。そんな狼狽えて」
「何でもないから!」
集めた物を手早く仕舞って、脇へ寄せようと致しましたが、雅紀が一呼吸早く手に取り、中を見てしまいました。
「あっ!…ない」
「そんなことないって…まだ、どっかその辺に落ちてんじゃないの?」
その言葉に、周りに目を走らせましたが、やはり、目的の物はございませんでした。
「やっぱりない。蛤。翔の君様、あの里まで持ってっちゃったんだ…!」
雅紀は、一点を見詰め、わなわなと震え始め、顔色も見る見る蒼白くなってゆきました。そして、そのまま、臥してしまったのでございます。
「雅紀!雅紀!!」
和也が必死に呼ぼうとも、雅紀の目は固く閉ざされたままでございました。
和也は月を見上げ、想い巡らせまする。
翔の君様。約束をお忘れなきよう…必ず、帰って来て下さい。でないと俺…。
再び雅紀に目を遣る和也が瞳には、翳りと共に、猛るような想いも、滲んでおりました。
都の空も、明晩が、望月にございます。