その宵の宴は、大層、盛大に執り行われました。

里の名だたる者は、皆、馳せ参じ、潤士郎の帰郷を祝いました。それは、夜も遅くまで、賑やかに続いたのでございます。

されど、祝われている当の潤士郎の面(おもて)は、曇りがちにございました。智の参らぬ宴など、只、退屈なだけなのでございました。




次の昼時、潤士郎は握り飯を携え、智の所へ参りました。


それまでそうであったように、名を呼びつつ家に上がりましたが、居る筈の所におりません。姿を求めて外を見ますと、庭に佇むを見つけました。

後ろ姿に歩み寄ろうとしておりますと、智の手が上がり、風に乗って、笛の音が流れて参りました。
出来上がった笛の試し吹きをしておるのでしょう。



その良き音に聴き入りますと、その音は、何とはなしに、物淋しゅう響きおります。


潤士郎は歩むを止め、只、その背を見やりました。心の内では、その小さき背を、我が胸に包んで慰めたい衝動を、やっとのことで押し留めておりました。


昔ならば、屈託なくできたものを、ほんの暫く離れている間に、潤士郎と智の間には、見えぬ溝ができてしまったようにございます。




笛の試しを終えた智が振り返り、潤士郎の姿を認めました。


「智、飯!持ってきた」

「ありがとう」

「い…いや…」


他人行儀なやり取りに、落ち着かぬ潤士郎でございます。


「笛、出来上がったのか?」

「…うん」

常ならば、智が食べ終わるのを待って語り掛けるものを、潤士郎には、笹の葉がさやさや鳴るにも気忙しく、つい、口を開いてしまいまする。

「じゃ、次の仕事は?」

「…ない」

「じゃ、釣りにでも行くか?…あっ、それとも、温泉は?」

「…いいよ。おいらに付き合ってる暇なんてないだろ?潤は」

「そんなことない!」

「…いいよ。体、鍛錬とか、した方がいいんじゃない」

「智…」


潤士郎の沈んだ声に、智も余りにつれなかったかと思い直しまして、想いを巡らせ、申しました。

「じゃ、何か仕事ちょうだい。おいら、今は何か作ってたいんだ」

「そうか。じゃ…そうだな…」


暫し思案の後、申しました。


「じゃ、伏篭、作ってよ。都の方々は、良き匂いを身に纏っていらっしゃってて、俺みたいに土の匂いのする者など、莫迦にされてしまうから」

「…うん。わかった」

「うん…ありがと…」



その後、二人ともが黙ってしまいました。
潤士郎は、所在な気に笹を眺め、空を見上げ、しております。智は、黙々と飯を平らげました。


その後も、暫しそのまま、背筋を伸ばし座る潤士郎と、背を丸めて座る智の、ちぐはぐな姿が、縁に並び居りました。



暑さの残る生温かい風が、二人の合間を通り抜けていきます。




やがて、ゆるりと、潤士郎が立ち上がりました。

「じゃ、そろそろ、帰る、な」

智は何も申さず、ただ小さく頷きました。



潤士郎が、二歩、三歩、行きかけた時にございます。智が、ぽつりと申しました。


「本当に…行くんだな」

その声は、余りに小さく、潤士郎には聞き取ること叶いませんでした。それなので、潤士郎は、そのまま智の許を去っていったのでございます。