誰もが時を止める中、翔の君が申されました。

「見事であった」

「あ…ありがとうございます」

我に返った智は、やっと一礼致すと、下がっていきました。




それを追う潤士郎の眼差しに、翔の君のお心には、嫉妬の種が芽を吹いてございました。


それと申しますのも、ここに滞在が間、潤士郎は、一日と開けず智のもとへ通い詰め、また、邸へ智が参る時も、必ず潤士郎を訪ね、多少の言葉を交わす二人を目の当たりにされ、二人の微妙な間柄をお感じになられていた為にございます。


それ故、この里を離れるには、忍びなく思し召していらっしゃったのでございますが、帰らぬわけにもいかぬ故、いつか、ご自身がここを離れる折りには、と、ひとつ、奸計を巡らせておいでになっていらっしゃいました。



君は、折りに触れ、潤士郎にそれとなく、都の雅やかなご様子などを語ってお聞かせになっておいででした。
そうやって、誰もが抱く都への憧憬を刺激された潤士郎は、今では、すっかり都での暮らしを望むようになっておったのでございます。



そこで、翔の君は潤士郎を呼ばれ、申されました。


「潤士郎、都までの道行き、再び、山賊なんどに襲われぬともわからぬ故、どうであろう。そなた、我らを守ってついてきてはくれぬか」

「真にございますか?!」

「ついでに、都にて、暫し見聞してゆくとよい。我らはずいぶん世話になった。歓迎致そう」

「わかりました!お供させて頂きます」

何も知らず喜ぶ潤士郎に、翔の君は優し気に微笑まれました。







次の日、智の許に潤士郎は参りませんでした。

もう、陽も傾きかけた頃、智は細工の手を止めて顔を上げました。そして、邸へ参り、今朝方都へ発ったと聞かされた智は、ものも申さず、ただ呆然と、暮れゆく空を眺めるばかりにございました。



竹の梢に、月の架かるを見上げながら、智は、手酌酒にうらみごとなど申しておりました。

「おいらに何も言わずに旅立つなんて、潤士郎の薄情者。おいらが餓えて死んだら、化けて出てやるからな…」


侘しい独り酒に、涙の雫が、小さき波紋を浮かべておりました。