一人の山賊が叫び、振り返りました。

その刹那、武士(もののふ)の瞳輝き、一太刀、隙を逃さず空を切り裂き、山賊の足より血を出ださせました。
山賊は恐ろしい叫び声を上げ、枯葉の上をのたうち回りました。

「おのれ!!」

残りの者ら、鬼の形相にて、手の物を振り上げます。

武士らそれをよく防ぎ、辺りに鋭い音が響き渡りました。


「早よう!こちらへ!!」

一人の武士に呼ばれ、倒れた山賊の横を、稚児が一人、いち早く駆け抜けました。


「主様!雅紀!こっち!こっち!」

駆け抜けた稚児は叫びます。その良く通る高き声に、怯えていたもう一人の稚児も顔を上げ、それに続きました。


「和也、待ってよ!」

「逃がすか!!」

一人の山賊、武士の隙を衝き、稚児の衣に手を掛けました。されど、間髪を容れず、主(あるじ)の扇子が、激しくその手を打ち払いました。


「それはわしがものじゃ。触れるでない」

「そうか。ならば、主様自らにもてなして頂こうか!」

「断る!」


主は、山賊の荒ぶる振る舞いを、踊りを舞う如くに優美にお躱しになり、扇子の一撃を額にくれて、山賊の正気を失わせたのでございました。


他の者も、各々、刃を交わし、息も吐けぬ攻防でございます。


潤士郎は、まったく、驚いて見入ってしまっておりました。なれど、ここは、自分もひと肌脱がねばなるまい、と、思い立ち、木の陰より姿を現し、叫んだのでございます。


「都のお方、加勢致します!」

潤士郎は折れ枝を拾い上げ、山賊の足元を掬いました。
怯む山賊に、武士(もののふ)らは詰め寄ります。潤士郎は主に申します。

「この方角に山を下れば、里がございます。そちらへお逃げ下さい」

「あいわかった」


主を先に稚児らが続き、木々の合間を抜け下りていかれます。
疎らな木の陰に見えつ隠れつする彼の人に向け、僅かの隙を衝き、山賊が、兎を狩る矢を放ちました。

「危ない!!」


潤士郎の声も及ばず、矢は、稚児の腕を掠めていきました。


「雅紀!」

膝を着いた稚児の姿に、張り詰め、息を呑む武士ら。その乱れに乗じて、山賊は二の矢を継ぎ、矢は、またしても蹲る稚児を捉え、飛び行きます。
されどその矢は、主の笛に、地に叩き落とされたのでございました。

木々の間に、笛の悲鳴にも思える乾いた音がこだま致しました。



「大事ない!早ようかたを着けて、こちらへ参れ!」

主の声に、武士らは正気を取り戻し、阿修羅の如き働きを以って、山賊を退散せしめたのでございます。

もちろん、潤士郎も、一通りならぬ働きを致しました。



主は、武士らに叫ばれた後、稚児に瞳をお移しになられ、もう一度同じことを申されながら、血の滲んだ袖をお捲り上げになり、袿(うちき)の袖をお取りになると、傷に巻かれて強く締め、養生しておやりになられました。

「大事ないぞ。雅紀、安心せい。大事ない」

「主様…翔の君様ぁ…」

稚児は、涙声で主に身を寄せました。

「泣くでない」

主は、愛し気に申されて、稚児の頬を、緩くお抓りになられ、目許を細められました。



そののち、無事、里に逃げ延びた都人は、潤士郎の邸へと、案内されたのでございました。