その智の許に、日毎通う者がありました。
国司、四番目が男子、潤士郎、その人でした。

この者、智より三つ程若輩なれど、しっかり者の働き者。おっとり者の智に心を掛け、何くれとなく世話を焼いておりました。



今日も今日とて、中天の日を浴び、握り飯を携えてやって参りました。

「智、昼だぞ。飯にしよう」

屈託なく申しながら、縁より上がり込みまする。

智はその声も聞かぬ程、一心に竹と向きおうておりました。
この様に、潤士郎の訪問なくば、飯も食わず、日暮れて、手許が見えぬようになるまで没頭していることなど、常でありました。

智の傍らへ参った潤士郎は、その端正な横顔を静かに見守っておりましたが、止まぬ手にひとつ息を吐くと、静かに名を呼びました。

「智…智、そろそろ飯を食わぬか?」

「え?…あ、潤、来てたのか」

顔を上げた智は、恍けた様子で潤士郎を見ました。潤士郎は諦めた面持ちで口を開きました。

「ああ。参っておったとも。根を詰めるのも大概にしないと、体に障るぞ」

「そうだな。では、飯にしよう」

そう申しますと、智の顔は春の花の如くに綻び、潤士郎は口を噤んでしまいました。その頬には、仄かに朱が注しておりました。

智はそれに気付かぬ儘、縁に腰を下ろしました。



早春の風に、雲雀(ひばり)の高く鳴くを聞き、麗らかな陽の内に智は伸びを致します。

袖が下がり、肌が露わとなるも構わず、潤士郎を見上げました。


潤士郎は、光が目を射したとでも言いたげに、眩しそうに智から目を逸らし、その傍らへ腰掛けました。

「それ、飯だ」

「いつも済まん。おお、旨そう!」

智が目を細め、握り飯を平らげる暫しの間、二人は黙って、笹の葉の揺れるを見ておりました。


その穏やかなる刻(とき)を過ごす二人の姿は、永年(ながねん)連れ添った夫婦(めおと)の如く、打ち解けておりました。


智も潤士郎も、共に口の端に乗せずとも、同じ想いでありました。
そしてこの刻(とき)は、永劫変わらぬ、と、信じていたのでございます。

只、それを互いに知らず。

共に求める心有りながら、ならぬことと、戒めておったのでございます。