月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也。 月日というのは、永遠に旅を続ける旅人のようなものであり、来は去り、去っは来る年もまた同じように旅人である。 舟の上に生涯をうかべ、馬の口とらえて老をむかふる物は、日々旅にして旅を栖とす。
松尾芭蕉
月日は旅人だ。
行きて帰りて、繰り返し来ては去る。
人も同じで、母が亡くなってから早1年弱。
母の日記を紐解きながら、その時に思った事、出来事、そのまま書こうとして筆が止まった。
そう、私は未だに消化出来ていない。
父の介護が時を置かずに続けて始まったことも原因だ。
どうしても現実が受け入れられない。
あの時の苦しさが蘇るから思い出したくない。
いま、自分も体調が良くなくて心が脆い。
悲しくて苦しいのは私だけではないとわかってはいる。
頭で理解できようと、あの凄絶な日々、凄惨な最期の2週間は忘れる事はない。
誰がわかってくれる?そう思うと筆が進まない。
苦しくて未だに眠りが浅い脆弱な己がとても嫌だ。
時間が解決するとはいうが、これから先も暑い時期は残酷な鮮やかさで思い出すと思う。
私の夏は、未来永劫この記憶から逃れる事が出来なくなった。
その痛みが和らぐ日が来る事を心から願っている。