韓国・朝鮮の法事は、自宅で行われるため、たくさんの料理を用意する。

義理の母や義姉は台所でせわしなく料理していた。私もわからないながら手伝いをしいた。

私がお嫁に来た頃(26年前)は、たくさんの料理が並んでいたが、その後の数年で、徐々に簡略化されるようになった。

その理由の一つは、私が日本人だったからだと、今では素直に理解できる。

義母にとって、韓国のお嫁さんだったらよかっただろうにと、日本人の嫁では、民族的な感覚が分かり合えない寂しさがあったのではないかと、今なら理解できる。

普段は大目に見てくれていることがわかっていたが、法事となると朝鮮文化の理解不足が身に染みた。

今回、チェサを復活させようと思ったのは、日本でも韓国でもない『在日』という家族環境を大事にしたいと思ったから。

 

なぜか、私は今朝までそれに気づかずに暮らしてきた。

今朝、何が起こったかというと、内側で『許し』が生じた。

自分の傲慢さ、日本人というプライドが、『在日』という境遇を受け入れることを26年間拒み続けてきた。子供も3人いるのに、私だけは日本人だという傲慢な感覚が、はっきりと見えた。

それが溶けて流れた。

私の家族ひとりひとりを大事にしたいと思った。