標記の映画を見てきた。
元は中村雅俊主演のドラマで、1975年に放送されていた。
私が中学3年~高校1年の時であるが、当時見ていなかった。多分、2,3回見たような記憶があるが、どんな内容かほとんど知らずに映画を見た次第である。
まず、良くない点から言うと、ストーリーに破綻がある。
オメダ(田中健)の妹(岡田奈々)が精神的におかしくなって、中村雅俊が社長の工場に来て、製品を壊してしまう。岡田奈々が、どのように工場の場所を突き止めてやってきたのか、説明がない。しかも、突然、岡田奈々がまともになって、普通にやりとり出来ている。
工場に女性若手従業員がいて、その親兄弟はエリートである。一旦は失敗して実家に帰ろうとするが、中村雅俊に叱咤激励され戻る。かなり時間を割いているエピソードであるが、それが本編の主人公らの行動や意識にどう影響を与えたのか、ほとんど分からない。
後、ドラマや後年のスペシャルドラマで放送されたエピソードが時々挿入されるが、それを見ていないと、過去にどういうことがあったのか把握しにくい。一応、こうだったのだろうという推測はつくので大きな問題ではないと思うが、ノスタルジー半減というところがある。
ではダメ映画かと聞かれたら、いやそんなことはないと言いたい。
というのは、自分の青春時代を思い出させる要素が盛り込まれているからである。
ダメオは現在米子市長をしているが、東京でかつて母と住んでいた家が売りに出されているので、市長を辞めそこに住みたがっている。今の家族には責められるが、その家族のために犠牲にした人生を捨て自分に回帰したがるのである。
岡田奈々らの言葉で、中村雅俊はかつての恋人との思い出に浸るが、恋人はすでに亡くなっている。どうして二人は別れてしまったのか。そしてお互いどう思っていたのか。別れのシーンなど思い出すことしきりである。
私は、田舎で普通の子供生活を送り、そして大学生になり上京した。数年後、就職し、結婚し子供を育てた。人生の大半は人のために動く、RPGのキャラのような人生であった。
実家は残っているが、父母はいない。どこへ帰ればいいのだろう。
私は本当は何をしたかったのであろうか。
卒業文集に書く将来の夢さえ、親や他人が読んで納得できるような内容だっただろう。
この映画に共感するのは、中村雅俊にしろオメダにしろ、過去に生きていることである。
もう、青春時代のような不安であるが期待に燃える将来は「ない」。
過去に生きてもいいではないか。それのどこが悪い。
ドラマの放送から50年も経っているので、中村雅俊も田中健も70半ばで、秋野太作は80超えである。岡田奈々は60後半である。
彼らに言いたいことは一つ。
元気に生きていてくれてありがとう。
年配の人にお薦めしたい映画である。