もし『こう思う』っていうのがまた見つかったら、それがこれまで思っていたものとは違っていても、それで良いから私に話してみて。
大事なのはね、男も女も偉いも普通も、それぞれ一つの"要素"や"性質"でしかないってことなの。
難しい言葉だから、調べても良いし、生きていく中でだんだんわかってもいいけど、簡単に言えば
要素や性質って「何が向いているか」ってこと。
向いていることをしていればバランスを保てるし、みんながその時その時できることをやっていれば、上も下もない。
それぞれが、そういう"役割"ってだけだよ。
偉い人は沢山のことを決められるけど、その分、もしそれがうまくいかなかったら沢山の責任を取らなくちゃいけない。
それでも沢山のことを決めて、全体が良い方に行くように考えていける人が「偉い人」だったら、坊やも嬉しいよね。
偉い人が、坊やや、坊やの大切な人の幸せも考えてくれるってことだよ。
そういう人に偉くなって欲しいよね。
じゃあ男の人はみんなそう思っているのか、女の人は思っていないのか、男の人はそれができるのか、女の人にはできないのか。
どうだろう。
今決める必要はないよ。
だって、坊やはまだまだ色んなことを見て知って考えていくことが出来るし、色んな人と話をして、新しい考え方もちゃんと受け入れていける。
生きていく中でその都度変わっても良い。
でも、自分で見て、知って、考えて、答えを出し続けていってね。
考え方が変わっても良いんだよ。
だって、大昔の人はね、地球の周りを太陽がまわってるって考えてたんだ。
でもその考えをやめた今、人間たちはもっと沢山の宇宙のことを知ったり、便利なものを生み出せる考え方ができるようになってる。
一回ずつ答えを出していくのはとても大事。
でも、答えが出ないなら、出ないまんまでも良いんだよ。
1+1=2だけど、それは数字でのお話だけ。
ママとパパっていう1人と1人が一緒にいたら、いつのまにか坊やっていう3つめが産まれてきてる。
それは誰が偉いから、どっちの方ができるからっていうお話なのかな?
今決めなくて良いんだよ。
坊やが生きていく中で、思い込みじゃなく、自分が見てきたこと、知っていることの中で、ゆっくり判断して行こう。
答えもね、一つじゃなくて良いんだよ。
人それぞれにあったって良い。
でもね、覚えておいて。
誰かから土地や出来ることを奪ったり、欲張って戦った時には、絶対誰かが傷つく。
それは相手かもしれないし、坊やの大切な人かもしれないし、坊や自身かもしれないし、その全員かもしれない。
誰かが寂しい時にぎゅーってしたり、誰かが頑張れるように支えた時には、誰かが嬉しい。
それは相手かもしれないし、坊やの大切な人かもしれないし、坊や自身かもしれないし、その全員かもしれない。
*****************
という長い話を、子どもは絶対聞かないだろうなと想像しつつ私はカルボナーラを食べる
