1998年1月17日 東京国際フォーラム Ballade of Ballade FINAL
声帯ポリープを境に無理に歌おうとした時期があった。ぜんぜん楽しくないわけですよ。でも今は歌を楽しんでる。それが今回のステージで出ていると思う。
声の出し方に迷う時もあるけど自分を信じて歌ってる。強くなれたんじゃないかな。
バラードツアーの提案がスタッフからあった。でも難しい。どこまでできるかな?って。
周囲からバラードシンガーって言われてるからやってみようと思った。
(徳ちゃんは人にそう言われていても自分自身ではバラードシンガーという自覚が無かったんだね。まぁそうか。ファンとしては理解できる)
バラードのベストアルバムを組み始めたら自分がバラードシンガーだったんだって深く気付いた。
自分がひょっとしたらやるべき道ってこういう事なんじゃないかって…。
合ってます!その気付き!
これから何十年もその道を軸として続くんです。
やはりこの人は自然に何かに導かれてる。歌の神様に見初められた人なんだと思う。
時々こういった過去の映像を観ていて気付くのは、徳ちゃんが
「今気付いた」とか「今感じた」とか言う所なんだよね。
あらかじめ用意していた言葉ではなく、その場でその時に感じた気持ちを本当に「今」言葉に出してるかんじ。
一見簡単そうだけど、なかなか出来る事ではない気がするから徳ちゃんの素直さが凄く滲み出ていて好感が持てる。
さて、このインタビューを見ていて気になったのは冒頭の、「歌を楽しんでる」と言いいながらなんとなくそう感じない話し方な所。目が泳ぐような?なんだろう。この感じ。そう思った。
それからDISC・4までは英明青年と表現したけれど、DISC・5では更に大人びていて青年と呼ぶには違う徳ちゃんがいた所。
(DVDを見進めるうちに結婚した事をも分かった。なる程。だからこんなに大人びた雰囲気だったのか。お子さんも生まれてる。
この時37才か。サラリーマンなら新入社員で入った人が係長を経験して色々苦しみながら課長に精進する頃だ。仕事と家庭を両立しながらストレスも溜まる。ネクタイをハチマキにしてハメを外しヘベレケになり憂さ晴らしをする日もある頃だ。そう考えればこの大人びた感じは納得が行く)
そしてそうか。この後スペインに行くのか。その間に第二子誕生?
いやー。身重の妻としてはありえない選択をする夫だけれどそれはさて置こう。出来た奥様だ。
歌いたい気持ちを植えたい。と徳ちゃんは言ってる。
そうすると冒頭のインタビューの「歌を楽しんでる」という言葉は矛盾する。
そうか。がむしゃらに走って来て相思相愛だった歌との倦怠期なんだろうと思った。
歌いたく無い訳では無いだろうけど、昔純粋に「歌いたい!」と心の底から湧き上がったあの気持ちを感じたくて!今それを静かに待つために自分を少し休ませる旅に出るのか。
ネクタイをハチマキにウサを晴らす事の出来ない徳ちゃんだもの。そりゃスペインに行くわさ。
このDISC・5はビジュアル的にこの先ボーカリストで大ブレイクする頃の徳ちゃんのビジュアルにそっくりだと思った。
もちろん本人なのだから似てるって言うのは変な表現なんだけど。
愛をくださいの頃の徳ちゃんとは顔が違くて、それよりもっと先のボーカリストの頃の顔つきだから不思議だ。
色々な辛い経験をした。
どうしてこんな思いまでして歌っていたいんだろうか。
前世でどんな大罪を犯したのだろうかとさえ考えた。
そんな思いを経て、怒りという言葉は無い。失敗という言葉は無い。全てが成功で全てが喜び。
そう言い切る徳ちゃんは精神的なステージの場所が変わり、それがしばらく休むという選択に繋がったのかもしれない。
僕が僕である限り、歌が教えてくれる。デビューして12年。
自分を追い込んでいないと気が済まない人間だから、そこから少し解放してあげたい。
そう言ってる。
そうさ。追い込んでばかりじゃ壊れちゃうもんね。
庄司さんを語り歌うスマイルは胸が締め付けられる思いだ。
大切な人を亡くした時、人は「悲しい」と言う言葉では到底片付けられない感情を抱く。そう言う経験を私もしてるから徳ちゃんの言葉が胸に沁みる。
色々な経験をした12年間がぎゅっと詰まった徳ちゃんがいるDISC・5。
これもやはり胸熱だった。