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私の日記

私の自由気まますぎるブログ

最近、思いついた新しいイメージを書いておく。

みんなで支えあって、年をとってもやりたいことをやって生きれる世界をつくりたい。

年をとったら一人では、
できないことが多くなるかもしれない。

でも、できない事は、
できる人に助けを求められるように、
助けてもらえるように、
そんな環境をつくれる世界をつくりたい。

子育ても、
一人でできるものではない、
いろんな世代が、
それぞれできることを
助けあって、
支えあって
生活する世界は
どうやったら
できるか思考を🌀くるくる


現状は、
年をとって、
生活が大変な人は介護を受ける
というのが、主流のような感じ

やってくれるのは、
助かるけど、
楽だけど、
本当は、時間がかかれば、
自分でやれることも、
やってもらってしまっては、

自分で、
何もできなくなってしまうのではないか。

コロナの前から、
病院で寝たきりで
過ごしている方は
たくさんいた。

というのも、
5年前
今は亡き義理の両親の病院探しに、
いくつかの病院を見学させていただき、
はじめてこの事実を知った。

大きい有名な病院は、
長期入院ができないため、
長期入院させてもらえる病院を探した。

療養病棟
というのがあるところだったかな。

なかなか条件に合うところがなく、
5件以上はみたかと、
どこの病院も、
入院してる方が、
いっぱいだった。

寝てることしかできず、
動けない方がたくさんいた。

多分、一斉に呼ばれたら
看護師さんの手が回らないだろう。

そして、
今もたくさんの方が入院しているんだろう。

義理の両親も、
本当は家に帰りたかっただろう。

でも、
二人で住んでいたので、
私が介護することができないと
判断したので、
入院してくれた。

実は、
病院を転院するのを決める際、
退院するか、転院するか、
義母から
私に決めて欲しい
と言われた言葉が、今も心に残っている


入院前に
本当は、
私も2日くらい泊まってはみたんだけど、
2日でギブアップした。

夜中に何回もトイレに起きる義母が
心配で私も頑張って起きてみたけど、
そんな簡単なことが辛かった。
朝も早く起き、
義母は、
特にすることもなく
座っている。

1日3食食べて、
私は家事を手伝い。

泊まりは、してなかったけど、
毎日実家には通っていた。

義母とは、
私は何を話してよいかも、わからなくなり、
気を使って、義父が
ジョーダン(おやじギャグ(笑))を
言ってくれるのが、救いだった。
そして、
旦那の兄弟お嫁さんともに
みんな良い方ばかりで、
話しあい、助け会えたのが救いだった。
話しは
まとまらないまま
いつかに続く