1900年9月8日、夏目漱石が文部省の留学生としてイギリスに出発。
夏目漱石といえば、
英文学の研究を生涯の仕事にしようと帝国大学に進学・・・
卒業後は東京高等師範学校講師の職につき
所謂エリートコースを歩んだ人物・・・
ところが、突然その職を捨てて
松山の中学校の英語教師になってしまったという経歴の持ち主~◇
その後、文部省の命により英語研究のためイギリスへ留学したわけですが
さほど意欲的に研究活動をしなかったようです。
というより、研究は熱心に行なったけど
文部省への報告書は白紙で出すなど
投げやりなところがあった~と言った方がいいかも~。
せっかくのチャンスなのに何故~?
それは、漱石は留学先のロンドンで自分が目指しているものと
文部省が求めているものとの違いに疑問を持ったからです。
漱石がロンドン留学していた頃の日本は文明開化の時代~♪
和魂洋才・・・日本は西洋の学問や知識を習得しようとしていました。
でも技術だけ学べばいい~という意識が根底にあったようです。
ところが漱石は、異国文化の本質を理解することを目指していました。
そこに日本が求めるものと自分が目指すものの違いを感じ、
報告書など書く気になれなかったのかもしれませんね。
