真が唸るように言った。
やばい。
本気で怒らせたか。
「悪い。確かにダチの彼女に言う言葉じゃねーよな」
オレは空気を切り替えようと
タバコをもみ消して謝った。
オンナと揉める以上に
オンナのことで男と揉めるのは避けたい。
でも、真の口から出たのは意外な言葉だった。
「そうじゃなくて、お前が言うなよ。
そんな風に、あの人のこと」
オレは戸惑った。
てっきり年上女の手管に逆上せあがって
流されてるのかと思ってたけど、
ぜんぶ理解ってて選んでるのか?
まさか。
『そうやって、かわしてばっかりいるから
人の本心がわからないのよ』
不意に「彼女」の声が蘇った。
素っ気無いけれど、どこか柔らかな
アルトの響き。
あの夏は酷く乾いていた。
オレも、あの人も。
似ているような気がしていたけれど、
結局全然違っていたな。
それは、あの人だって気づいていたはずなのに。
何で今頃なんだ。それも真に。
「かなりタフだぜ。女って。
か弱そうに見えるヤツほど強いし。高見で学んでるだろ」
「高見のことはいいんだよ。俺はな」
妙にきっぱりとした口ぶりで真は立ち上がった。
今カノの元旦那が元カノの結婚相手で、
よく知っている恩師だっていうのに、このこだわりの無さが不思議だ。
今カノと真が付き合いだしたのは、高見の結婚後だから、
了承済みということなのかも知れないが。
「俺のことより、お前はどうなんだよ。
少しは本気になれそうなヤツとかいねえの?」
真の問いには答えずに、
オレは2本目のラッキーストライク・メンソール・ライトに火をつけた。
喫い出したのは、17の夏からだ。
タバコの銘柄だけは変わらない。
一度深く喫い込んで吐き出したあとで、
オレはなるべく軽い口調で言った。
「帰ってくるんだってさ」
「誰が」
「雪乃女史」
真が息を止めたのがわかった。
無理もないか。
オレが真の前で彼女の名前を口にしたのは
たぶん3年ぶりだ。
「野坂に聞いてた?」
「聞いてるわけないだろ。麻衣が言ったのか?」
「言うわけないじゃん」
「そりゃ……。そうだな」
真はあっさりと同意した。
そう、知っていたとしても野坂は言わない。
言わないんじゃなくて、言えない。
だから安心して側にいるオレは、かなり酷い。
「あいつ、知らないんじゃないのか」
「知ってると思うよ。今でも女史と連絡取ってるの、
たぶん野坂だけだから。
そのくせ必死でオレの前では触れないようにしてるしさ。
ホント可愛いよね、アイツ」
真の表情が強ばった。
普段から無愛想な分わかりにくいが、
オレの目は誤魔化せない。
つくづく一筋縄じゃ行かないヤツだ。
昔から選ぶメニューは決まってるくせに、
間違って運ばれたオーダーまで、
いちいち律儀に引き受けようとする。
「いつ帰ってくるんだ?」
「確か、明後日」
「誰に聞いたんだよ」
「いいじゃん、誰でも」
オレははぐらかした。
知った経緯については、ちょっと真には言いづらい。
言った方が、もしかしたら話は早いのかもしれないけれど。
「お前が知ってるって、麻衣は知らないんだな」
「たぶんね」
「わかった」
それだけ言って、真は階段を降り始めたが、
少しして、思い出したように振り返った。
「『最初に言ったから』って、最初になんて言ってるんだ?」
「は? ……ああ」
一瞬、なんのことだかわからなかったが、
すぐに先刻の田浦とのやりとりを思い出す。
たまたま聞こえたみたいなことを言いつつ、
しっかり聞いてたんじゃないかと内心含み笑いをしながら、
オレは、いつも女の子と付き合う前に
必ず言う「お約束」をヤツにレクチャーしてやった。
「オレからサヨナラは言わない。そっちが言った時は引き止めない」
真のデカい目が、もう一回り大きく見開かれた。
「それでもいいってコとしか付き合わないもん。親切でしょ?」
「……お前、ホント最っ低だな」
心底呆れ返ったように吐き捨てて、
真は階段を駆け下りて行った。
三号館のすぐ脇は
陸上部の使っているグラウンドになっている。
瞬く間に辿り着いた真は、
すぐにトラックを走りこみ始めた。
さすが、現役の走りだ。
高校時代は、短距離ならオレの方が速かったけれど、
もう抜けないだろうな、と、ぼんやりと思った。
『あんたって、ホント最低』
彼女の口癖を思い出す。
ふざけながら はぐらかしながら
悪戯に過ぎて行った日々。
どうして彼女なのかはわからない。
ただ、オレの中に
彼女はいつでも優しく居座って出て行ってくれない。
側にいた時も、
いなくなった今でも。
・・・「彼女な理由」 fin
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ここまで読んで下さってありがとうございました。
細かいことですが、このタイトル
「彼女な理由(わけ)」と読んで下さい。
「りゆう」でもいいんですけどね、なんとなく。
次はたぶん雪乃……のはず……(^^;)
※ブログお引越ししました。続きはコチラ
から。