鳴門でマタニティセラピストとして活動始めます!
いよいよ始めます。
鳴門のおうちサロンで妊婦さん産後ママさんの体の疲れを改善、健康な体作りのお手伝い→マタニティセラピストami
勉強した学校の認定セラピストを目指しモニター整体50人ミッションもあと僅かとなりました。
妊婦さん、産後ママ、一般の様々な年齢の女性、男性と協力してくれた皆さんのお陰で貴重な経験をさせていただきありがとうございます
サロン開業は2014年7月27日(日)予約受付は7月24日より始めます。
詳細は改めてアップします。
よろしくお願い致します

鳴門のおうちサロンで妊婦さん産後ママさんの体の疲れを改善、健康な体作りのお手伝い→マタニティセラピストami
勉強した学校の認定セラピストを目指しモニター整体50人ミッションもあと僅かとなりました。
妊婦さん、産後ママ、一般の様々な年齢の女性、男性と協力してくれた皆さんのお陰で貴重な経験をさせていただきありがとうございます

サロン開業は2014年7月27日(日)予約受付は7月24日より始めます。
詳細は改めてアップします。
よろしくお願い致します


夏の大祓は着物で
6月30日。
大麻比古神社の大祓えに行った。
初めてなので何をするのか全く知らないけど。
久々の着物で外出。
子供のご飯が終わり片付けなどしていたら。
出発まで30分きり
それでもサクサク着て何とかポリエステルの博多帯でお太鼓結んで帯締め締めて『よし
間に合う
』と仮紐ほどいたら…お太鼓ペローン…


…あれ
…あれれ
…あれれれれれ~





出発まで5分位
全部脱いで洋服になるか
どうする私
博多帯ほどいてポリエステル半幅帯を引っ張り出し文庫結びに変更
出発予定の5分過ぎたけど普通に歩いて間に合う~
文庫結びは昔、阿国さんでいっぱいやって慣れてたからすぐ出来る
昔とった杵柄、役に立つね(笑)
大麻比古神社近くにあるドイツ館が最寄りのバス停。
バス停から15分程で境内到着。
お参りし、祓いの紙の人型に住所、名前、年齢を書いて自分の体の悪い部分を撫で息を三回吹いたら社務所に奉納金と共に渡す。
15時から始まる大祓えの神事まで時間があるので子供をベビーカーから下ろし解放
ご神事は屋外に結界を張った中で始まり次に本殿という流れで。
ご神事の間はベビーカーに載せ一緒に参加。
参加者は赤ちゃん連れのママや親子三代で参加する家族、若い人達もいて様々な世代が混じっていた。
粛々とご神事が終わり

檜チップの入浴剤。
境内で取れた初梅をいただき。
夏の大祓え終了。

本日の装い
着物はリサイクル屋さんで購入した多分綿の単衣。
戦後、洋服やお茶会の着物の影響で袖の長さが手首が隠れる位がメインになったけど。
昔基準の袖の長さ、今より短めのほうが動きやすく、特に手を洗う時に手を伸ばせば袖をまくらなくてもすっと出るのでそのまま洗えるのが嬉しい。
個人的には見た目のもたつき感も軽減されスッキリするような気がして袖短めが好き

現地集合した友人達と近くのお店でお茶~
ホットすだちハニー…美味しい
楽しい時間はあっという間ね
帰りは最寄りの池谷駅まで送ってもらい汽車で鳴門へ



素敵な空。
久々に着物を着て色々気づいた。
うん、やっぱり体に良いね
お腹周りが着物と帯の重ね着で温かく、冷房の効いた場所でも身体が冷えず足元は温かい。
草履を履くと親指と人差し指で挟む前壺のお陰で体の重心が外に流れず太ももの内側が自然と使われ自然とエクササイズ
しかも歩きやすい。
そして体が楽。
洋服でやりがちな腰を曲げた座り方は意外と疲れやすく腰を立てた座り型のほうが疲れにくいと聞いたけど、着物だと帯のお陰で自然と腰が立つ。
上半身は肩を落とし力を抜けばリラックスしてるけど綺麗な姿勢に見える
今回、今までより深く着物効果に気づきやっぱり着物って素晴らしいね
大麻比古神社の大祓えに行った。
初めてなので何をするのか全く知らないけど。
久々の着物で外出。
子供のご飯が終わり片付けなどしていたら。
出発まで30分きり

それでもサクサク着て何とかポリエステルの博多帯でお太鼓結んで帯締め締めて『よし
間に合う
』と仮紐ほどいたら…お太鼓ペローン…


…あれ
…あれれ
…あれれれれれ~






出発まで5分位

全部脱いで洋服になるか

どうする私

博多帯ほどいてポリエステル半幅帯を引っ張り出し文庫結びに変更

出発予定の5分過ぎたけど普通に歩いて間に合う~
文庫結びは昔、阿国さんでいっぱいやって慣れてたからすぐ出来る
昔とった杵柄、役に立つね(笑)
大麻比古神社近くにあるドイツ館が最寄りのバス停。
バス停から15分程で境内到着。
お参りし、祓いの紙の人型に住所、名前、年齢を書いて自分の体の悪い部分を撫で息を三回吹いたら社務所に奉納金と共に渡す。
15時から始まる大祓えの神事まで時間があるので子供をベビーカーから下ろし解放

ご神事は屋外に結界を張った中で始まり次に本殿という流れで。
ご神事の間はベビーカーに載せ一緒に参加。
参加者は赤ちゃん連れのママや親子三代で参加する家族、若い人達もいて様々な世代が混じっていた。
粛々とご神事が終わり

檜チップの入浴剤。
境内で取れた初梅をいただき。
夏の大祓え終了。

本日の装い

着物はリサイクル屋さんで購入した多分綿の単衣。
戦後、洋服やお茶会の着物の影響で袖の長さが手首が隠れる位がメインになったけど。
昔基準の袖の長さ、今より短めのほうが動きやすく、特に手を洗う時に手を伸ばせば袖をまくらなくてもすっと出るのでそのまま洗えるのが嬉しい。
個人的には見た目のもたつき感も軽減されスッキリするような気がして袖短めが好き


現地集合した友人達と近くのお店でお茶~

ホットすだちハニー…美味しい

楽しい時間はあっという間ね

帰りは最寄りの池谷駅まで送ってもらい汽車で鳴門へ




素敵な空。
久々に着物を着て色々気づいた。
うん、やっぱり体に良いね

お腹周りが着物と帯の重ね着で温かく、冷房の効いた場所でも身体が冷えず足元は温かい。
草履を履くと親指と人差し指で挟む前壺のお陰で体の重心が外に流れず太ももの内側が自然と使われ自然とエクササイズ

しかも歩きやすい。
そして体が楽。
洋服でやりがちな腰を曲げた座り方は意外と疲れやすく腰を立てた座り型のほうが疲れにくいと聞いたけど、着物だと帯のお陰で自然と腰が立つ。
上半身は肩を落とし力を抜けばリラックスしてるけど綺麗な姿勢に見える

今回、今までより深く着物効果に気づきやっぱり着物って素晴らしいね

母性と生命力溢れる女神を待ち受けに(//∇//)
本日二度目のブログ記事なり
お江戸の風俗史を読んだとき。
以前、ブログで紹介した小田まゆみさんの作品が思い浮かんだ
→以前の記事
お江戸の女性はこんな感じだったのかしら。

この間までナイスバディ海女さんを待ち受けにしてたけど。


今はこちらがしっくりくるのでイシスに変更~
女性としての魅力アップ期待できそう
目から入る情報は大切だからスマホの待ち受け画面は美しいものを選ぶ
小田まゆみさんの作品を飾った部屋で生活したいな

お江戸の風俗史を読んだとき。
以前、ブログで紹介した小田まゆみさんの作品が思い浮かんだ
→以前の記事お江戸の女性はこんな感じだったのかしら。

この間までナイスバディ海女さんを待ち受けにしてたけど。


今はこちらがしっくりくるのでイシスに変更~
女性としての魅力アップ期待できそう
目から入る情報は大切だからスマホの待ち受け画面は美しいものを選ぶ

小田まゆみさんの作品を飾った部屋で生活したいな

江戸時代の性、生の大らかさ。学ぶ点多し(´-`).。oO
ひさびさにテンション上がる本がひでねぇさんのブログで紹介されていたので早速Amazonさんで購入~。
早く読みたい
外国人からみた江戸時代の様子を描いた本
『逝きし世の面影 』

以前、着物の流れで(笑)戦前までの日本の風俗について書かれた本を幾つか読み、おおらかで合理的だったと思った。
例えば、結婚はムラで決めるけど子供の父親は女性がこの人の子供が欲しい
と男性を選んで妊娠したとか。
夜這いの風習とか。
女性は清水寺へ大厄を落とすためお参りに行くとき、寺付近で売春を行いそこで得たお金をお賽銭として厄落としを行ったとか。
もうね。
現代の感覚からしたら『ありえないしょ
』
何だけと。
合理的だと思った。
女性は自分のDNAを補う男性を本能的に求める。
男性を選べるということは、より良い種を残す知恵。
結婚は家同士が決めるというのは嫁と婚家が争いなく暮らすための知恵。
夜這いの風習も地方様々だけど厳しい掟があるうえで基本、種は違っても我が家で生まれた子供は我が子として育てる。
子供はムラでみんなで育てる。
性教育もちゃんと行う。
昔は幼児の死亡率が高く7歳までは神の領域…天頼みだった時代では夫婦の相性が合わず子供が出来ないより、丈夫で元気な子供が産まれる事が何よりも大切だったのだろう。
夜這いに関しても。
畑仕事しながら女性達の話題に夜這いにきた男性の上手い下手の話題になる
女性が決して受け身ではない。逞しい。
多分、私達がテレビドラマでみる戦前や江戸時代の庶民の様子とは全く異なって(史実を元にしたら放送出来ない)性がオープンだったのだろう。
ひでねぇさんのブログで本の内容をシェアしていたので③を転記。
↓
↓
↓
性も感情もぶっ飛び開放の江戸時代③
フェイスブックでいろんな人がシェアしてくれてるらしい
シェアしていただいてる方々どうもありがとう!ペコリ
前回記事ではフェイスブックのいいねが800を超えてるYO( ゚Д゚)
ん?!それだけ江戸時代の生き様が共感を呼んでるってことなのか
それでは名著『逝きし世の面影』からのシェア逝ってみよう~
どうやら江戸庶民は定職にもつかず ちょっと働いては享楽に興じ 呑気に気楽に生きていたようだ
外国人が「不精者」と評したくらいなのだからよっぽどだろう
ある程度の衣食住は保障され お上は干渉せず 独立と自由を大いに享受していた庶民
華の大江戸文化が勃興したのもそんな背景からなんだろう
また特筆すべきは 江戸庶民は喜怒哀楽もおおいに表現して 感情も開放させていたようだ
男子泣くに非ずなどという言葉はなく 大の男も大切な人の死や 悲しい場面では オイオイと声を出して大泣きをした
そして楽しいことでは無邪気に笑い転げ 様々な感情を抑圧することなく イノチを大いに味わい楽しんでいた
また庶民には差別や競争や羞恥心 罪悪感が ほとんどなかったようだ
そこはまさにアダムとイブの楽園 ヘビにそそのかされて リンゴを食べる前の世界が繰り広げられていた
なぜならば公然たる裸体と 混浴の習慣が根付いていた
そこのあなた、ヨダレが・・・w
そこいらで行水をする人 暑ければ衣服をまとわず生活する人 外で目を引くことがあれば素っ裸で 風呂から飛び出してくる人 風呂屋から裸のまま家に帰る人 もちろん男も女も
生活に隠し事がないように 裸体をも隠さないおおらかで自然な情景
それは性的羞恥心を知らない天真爛漫さであり 肉体という人間の自然さに 何ら罪を見出していなかった日本人の姿
彼らの性意識は抑圧を知らず 開放されていた
それはキリスト教との決定的な違いでもあった
また春画や春本のはばかりない横行 性器の形をした駄菓子を売る店 それだけでなく卑猥な絵画、彫刻、玩具は どの店にも堂々と飾られ 父は娘に 母は息子に 兄は妹に買っていく ドッカーーーン( ̄□ ̄;)
性器信仰についても盛んで 性についてはまったく陰のない肯定意識が浸透していた
春画をペリー艦隊の水兵に与えたり ボートに投げ込んだり 水兵を手招きし卑猥な仕草でからかったり 江戸時代の人々は 性を笑いの対象ととらえていたらしい
それは人間性についてのリアリズムに基づく ある種の寛容であり 人間の欲望を一種の自然の一部として 受け入れるリアリズムだった
江戸時代の日本人には 性を精神的な憧れや愛に昇華させる志向が まったくといっていいほど欠落していた
日本人は愛によっては結婚しないというのは 欧米人の間では有名で 愛情が結婚の動機になることはなかった
キリスト教によるところの 「言葉の高貴な意味における愛」は存在しなかった
当時の日本人にとって 男女は相互に惚れ合うもので それは性的結合であり 同時に家庭的義務を生じさせた
一方で「言葉の高貴な意味における愛」などという いつまで永続可能かわからぬような観念に その保証を求めることはしなかった
異性間の情愛は 人情に基づく妥協と許し合いで その情愛を保証するものが性生活だった
だから結婚も性も 彼らにとっては 自然な人情に基づく気楽で気易いものだった
夜這いの慣行を持つ農村部では 結婚前の娘は性的な自由を享受していた
ちなみに江戸時代における離婚率の高さは有名で 三行半という言葉は女性のために用意されたものだった
離婚歴は当時の女性にとって なんら再婚の障害にはならなかったし 家や旦那がいやなら いつでもおん出る権利が女性に認められていた
またこの本には書かれていないが 「姦通罪」などという妻の不倫を取り締まる法もあったが 表向きは禁止されていたものの 実際には抜け穴があって内々に治められていた
徳川時代の女性は 現実は意外にも自由奔放で地位も確立されており 男性に対しても驚くほど平等かつ自主的であった
江戸時代における性は 男女の和合を保証するよきもの 朗らかなものであり 従って恥じるに及ばないもの
男女の営みはこの世で1番の楽しみと同時に おおらかな笑いを誘うものだった
当時の日本人にとっての性意識は ことさら意識的である必要のないほど あっけらかんと明るく のどかな解放感で満ち溢れていた
それくらいだから 遊女や売春を幕府が保護して 社会もまたそれを恥と思っていなかったのも納得できる
幕府は遊郭に対して保護と監督を行い 身売りされる当人や家族も嬉々として献身し 身分の高い人が客をもてなす社交の場でもあった
売春の淫靡さや陰惨さはどこにもなく 祭りのようなあっけらかんとした明るさが漂い 社会の中で肯定的な位置を与えられていた
面白いことに伊勢神宮の 外宮と内宮を結ぶ道沿いには 女郎屋が軒を連ねていた
伊勢神宮だけでなく 巡礼地の神社がほとんど常に女郎屋に囲まれていた それは精進落としのためだった
買春、売春は決して後ろめたく薄汚いものではなく まさにこの国では宗教とも深い関連を持っていた
性は生命のよみがえりと豊饒の儀式だったのだ
礼儀正しく謙虚でつつましい日本人の性質が 性においては天真爛漫、豊かな野性に満ちていたその矛盾に 多くの外国人は驚きを隠せなかったが 同時にそこから社会の親和性、調和性も感じとっていた
江戸時代は 聖と俗 善と悪 清と濁 2極を併せ持った悪をも抱き参らせてしまうような 懐の深い社会だったんだね
さて次回は「子供の楽園」という章からシェアしてみよう♪
他の章に興味のある方は
ひでねぇさんのブログ→茨城から宇宙とつながる「美容室」にようこそ!|Ameba (アメーバ)
陽気で呑気で気楽な江戸時代①
働かざる者も食うべきの江戸時代②
性も感情もぶっ飛び開放の江戸時代③
子供の楽園だった江戸時代④
Android携帯からの投稿
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外国人からみた江戸時代の様子を描いた本
『逝きし世の面影 』

以前、着物の流れで(笑)戦前までの日本の風俗について書かれた本を幾つか読み、おおらかで合理的だったと思った。
例えば、結婚はムラで決めるけど子供の父親は女性がこの人の子供が欲しい

と男性を選んで妊娠したとか。夜這いの風習とか。
女性は清水寺へ大厄を落とすためお参りに行くとき、寺付近で売春を行いそこで得たお金をお賽銭として厄落としを行ったとか。
もうね。
現代の感覚からしたら『ありえないしょ
』何だけと。
合理的だと思った。
女性は自分のDNAを補う男性を本能的に求める。
男性を選べるということは、より良い種を残す知恵。
結婚は家同士が決めるというのは嫁と婚家が争いなく暮らすための知恵。
夜這いの風習も地方様々だけど厳しい掟があるうえで基本、種は違っても我が家で生まれた子供は我が子として育てる。
子供はムラでみんなで育てる。
性教育もちゃんと行う。
昔は幼児の死亡率が高く7歳までは神の領域…天頼みだった時代では夫婦の相性が合わず子供が出来ないより、丈夫で元気な子供が産まれる事が何よりも大切だったのだろう。
夜這いに関しても。
畑仕事しながら女性達の話題に夜這いにきた男性の上手い下手の話題になる

女性が決して受け身ではない。逞しい。
多分、私達がテレビドラマでみる戦前や江戸時代の庶民の様子とは全く異なって(史実を元にしたら放送出来ない)性がオープンだったのだろう。
ひでねぇさんのブログで本の内容をシェアしていたので③を転記。
↓
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↓
性も感情もぶっ飛び開放の江戸時代③
フェイスブックでいろんな人がシェアしてくれてるらしい
シェアしていただいてる方々どうもありがとう!ペコリ
前回記事ではフェイスブックのいいねが800を超えてるYO( ゚Д゚)
ん?!それだけ江戸時代の生き様が共感を呼んでるってことなのか
それでは名著『逝きし世の面影』からのシェア逝ってみよう~
どうやら江戸庶民は定職にもつかず ちょっと働いては享楽に興じ 呑気に気楽に生きていたようだ
外国人が「不精者」と評したくらいなのだからよっぽどだろう
ある程度の衣食住は保障され お上は干渉せず 独立と自由を大いに享受していた庶民
華の大江戸文化が勃興したのもそんな背景からなんだろう
また特筆すべきは 江戸庶民は喜怒哀楽もおおいに表現して 感情も開放させていたようだ
男子泣くに非ずなどという言葉はなく 大の男も大切な人の死や 悲しい場面では オイオイと声を出して大泣きをした
そして楽しいことでは無邪気に笑い転げ 様々な感情を抑圧することなく イノチを大いに味わい楽しんでいた
また庶民には差別や競争や羞恥心 罪悪感が ほとんどなかったようだ
そこはまさにアダムとイブの楽園 ヘビにそそのかされて リンゴを食べる前の世界が繰り広げられていた
なぜならば公然たる裸体と 混浴の習慣が根付いていた
そこのあなた、ヨダレが・・・w
そこいらで行水をする人 暑ければ衣服をまとわず生活する人 外で目を引くことがあれば素っ裸で 風呂から飛び出してくる人 風呂屋から裸のまま家に帰る人 もちろん男も女も
生活に隠し事がないように 裸体をも隠さないおおらかで自然な情景
それは性的羞恥心を知らない天真爛漫さであり 肉体という人間の自然さに 何ら罪を見出していなかった日本人の姿
彼らの性意識は抑圧を知らず 開放されていた
それはキリスト教との決定的な違いでもあった
また春画や春本のはばかりない横行 性器の形をした駄菓子を売る店 それだけでなく卑猥な絵画、彫刻、玩具は どの店にも堂々と飾られ 父は娘に 母は息子に 兄は妹に買っていく ドッカーーーン( ̄□ ̄;)
性器信仰についても盛んで 性についてはまったく陰のない肯定意識が浸透していた
春画をペリー艦隊の水兵に与えたり ボートに投げ込んだり 水兵を手招きし卑猥な仕草でからかったり 江戸時代の人々は 性を笑いの対象ととらえていたらしい
それは人間性についてのリアリズムに基づく ある種の寛容であり 人間の欲望を一種の自然の一部として 受け入れるリアリズムだった
江戸時代の日本人には 性を精神的な憧れや愛に昇華させる志向が まったくといっていいほど欠落していた
日本人は愛によっては結婚しないというのは 欧米人の間では有名で 愛情が結婚の動機になることはなかった
キリスト教によるところの 「言葉の高貴な意味における愛」は存在しなかった
当時の日本人にとって 男女は相互に惚れ合うもので それは性的結合であり 同時に家庭的義務を生じさせた
一方で「言葉の高貴な意味における愛」などという いつまで永続可能かわからぬような観念に その保証を求めることはしなかった
異性間の情愛は 人情に基づく妥協と許し合いで その情愛を保証するものが性生活だった
だから結婚も性も 彼らにとっては 自然な人情に基づく気楽で気易いものだった
夜這いの慣行を持つ農村部では 結婚前の娘は性的な自由を享受していた
ちなみに江戸時代における離婚率の高さは有名で 三行半という言葉は女性のために用意されたものだった
離婚歴は当時の女性にとって なんら再婚の障害にはならなかったし 家や旦那がいやなら いつでもおん出る権利が女性に認められていた
またこの本には書かれていないが 「姦通罪」などという妻の不倫を取り締まる法もあったが 表向きは禁止されていたものの 実際には抜け穴があって内々に治められていた
徳川時代の女性は 現実は意外にも自由奔放で地位も確立されており 男性に対しても驚くほど平等かつ自主的であった
江戸時代における性は 男女の和合を保証するよきもの 朗らかなものであり 従って恥じるに及ばないもの
男女の営みはこの世で1番の楽しみと同時に おおらかな笑いを誘うものだった
当時の日本人にとっての性意識は ことさら意識的である必要のないほど あっけらかんと明るく のどかな解放感で満ち溢れていた
それくらいだから 遊女や売春を幕府が保護して 社会もまたそれを恥と思っていなかったのも納得できる
幕府は遊郭に対して保護と監督を行い 身売りされる当人や家族も嬉々として献身し 身分の高い人が客をもてなす社交の場でもあった
売春の淫靡さや陰惨さはどこにもなく 祭りのようなあっけらかんとした明るさが漂い 社会の中で肯定的な位置を与えられていた
面白いことに伊勢神宮の 外宮と内宮を結ぶ道沿いには 女郎屋が軒を連ねていた
伊勢神宮だけでなく 巡礼地の神社がほとんど常に女郎屋に囲まれていた それは精進落としのためだった
買春、売春は決して後ろめたく薄汚いものではなく まさにこの国では宗教とも深い関連を持っていた
性は生命のよみがえりと豊饒の儀式だったのだ
礼儀正しく謙虚でつつましい日本人の性質が 性においては天真爛漫、豊かな野性に満ちていたその矛盾に 多くの外国人は驚きを隠せなかったが 同時にそこから社会の親和性、調和性も感じとっていた
江戸時代は 聖と俗 善と悪 清と濁 2極を併せ持った悪をも抱き参らせてしまうような 懐の深い社会だったんだね
さて次回は「子供の楽園」という章からシェアしてみよう♪
他の章に興味のある方は

ひでねぇさんのブログ→茨城から宇宙とつながる「美容室」にようこそ!|Ameba (アメーバ)
陽気で呑気で気楽な江戸時代①
働かざる者も食うべきの江戸時代②
性も感情もぶっ飛び開放の江戸時代③
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