とは、何かと調べてみました。Wikipediaで。
ラテン語の spiritusに由来するキリスト教用語で、霊的であること、霊魂に関するさま[1]。英語では、宗教的・精神的な物事、教会に関する事柄、または、神の、聖霊の、霊の、魂の、精神の、超自然的な、神聖な、教会の、などを意味する[2]。キリシタン用語としては、ポルトガル語読みでスピリツアル、すぴりつあると表記される[1]。
だそうです。
話は変わりますが、
私は、中学生くらいの頃、多重人格の主人公が出てくる小説を読み、多重人格についてちょっと調べてみました。
びっくりしました。
他の言語とか話したりするんですね。知識だけでなく腕力なんかも変わると書いてありました。
人間は不思議です。
また話が変わりますが、
ある時期、身体の仕組みを勉強してみました。
内臓の役割とか、働き方とか。
自分が無意識にこんな複雑な事をやっているなんて…と訳が分からなくなりました。
人体も不思議です。
また話が変わりますが、
ある日ある時、いきなりひどいアトピーになりました。
それだけでなく、短い交差点を青信号で渡る事すら出来なくなるほど身体が弱りました。
色々な有名な病院に行き、色々検査して、色々な治療をした結果1年ほどで6割治り、漢方薬を煎じて飲むくらいだけになっていました。
そういう生活の中で気づいたのは、
怒った時、6割回復している症状が毎回一気に悪化するというものでした。
初めは気づきませんでしたが、10回もそういう事が起こると、あ、怒った時に悪くなってる、と嫌でも気づきます。
身体の症状は、感情とリンクしていることを体験しました。
それから私は、精神の方に注目するようになりました。
毎月、気功や瞑想の本を読み、試して行きました。
病院に通い、神経質に食事に気をつけ、頑張って生活を正してもそれ以上は治らなかったからです。
10年くらいは、原因不明の不調が治ってはまた別の不調が現れるという事を飽きて慣れるほど繰り返しました。
そのうち、もうそれが当たり前のようになって驚かなくなり、痛みや不快感に争わなくなり、仕方ないのでまぁ良いか、と受け入れるようになりました。
それでも、その頃はオーガニックの野菜と玄米と味噌が主な食べ物でした。
ある時、毎日レトルトやコンビニ弁当、ファーストフードを食べている活動的な友人が、に夜店のたこ焼きをひとつ食べただけで気持ちが悪くなってへたり込んでしまった私に
あみちゃんて、身体弱いよね!
と、元気に言いました。
その時、頑張っていた私は、子供のように声を上げてわーーん!と泣いてしまいました(笑)
それがきっかけで、完璧に整えなければと思っていた食生活も、頑張っていた規則正しい生活もアホくさくなってだんだんと止めて行きました。
やらなければならないという気持ちからではなく、心地いいからという気持ちから行動を選択するようになりました。
読み漁っていた自己啓発本を必死で読む事もなくなりました。
未だに食べると胸焼けはしますが、ジャンクフードを楽しめるようになりました。
気がつけば、今、不調がありません。
芸能人の不倫ニュース並みに頻繁になっていた偏頭痛も外耳炎もアトピーを含めたアレルギーも生理痛も胃痛も喘息も異常な冷えも全く出なくなりました。
次から次に溢れかえるほどの不調が湧き出ていた私にとって、今、不調が何もない状態は、有難いの一言に尽きます。
原因不明の不調は、原因があると知りました。
それが物質的なものである場合もあるし、
物質的なものではない場合も多々あると分かりました。
ヒーラーになってからはもっとよく分かるようになりました。
その時の感情で筋肉まで柔らかくなります。
血液も関係しているという事だろう、
ホルモンの分泌も関係しているという事だろう、
皮膚にも、内臓にも、骨にも、、、
それを他人の身体を通して客観的に見ていると、余計に心地よい言動を選択する重要性が分かってきました。
スピリチュアルな事というのは、浮ついたオカルト的なものではなく、
物質的な社会で現実的により良く心地よく生きるためにあるのだと思います。
そのバランスが取れている事がスピリチュアルなのだと思います。
おわり。