この春、二人の知人から、米国に仕事でしばらく行くとの連絡を受けました。
ひとりは、私が弁理士試験を受ける決意をさせてくれたHさん。
もうひとりは、合格に導いてくれたYさん。
二人とも私よりも10歳以上若く、とても優秀な方で、お世話になっている方です。
Hさんは、私が15年前に半導体部門から照明部門に移動して以来の知人です。
Hさんはとても気が利くかたで、仕事が変わり、様子が把握できていない私が
仕事をしやすいようにいろいろアレンジしてくれていました。
当時、入社して10年数年経っていて
学位取得が見えてきて、仕事も変わって少し退屈?気味だった私は
会社を辞めようかなと思っていたのですが、
Hさんのような優秀な方と仕事ができるので、
会社も楽しいなと思いとどまっていました。
Hさんもお酒が好きで、仕事が帰りにはよく飲みにいっていました。
年上ということもあって、Hさんには、
「会社には有形無形の財産、機会があるから、
自己実現にそれを利用しない手はない」
と偉そうなことを言っていました。
ある日、Hさんから報告したいことがあるので、飲みに行こうと誘われました。
Hさんは、
「知財部門に移って弁理士を目指します」
と報告してくれました。
現状に甘んじることなく、より高いレベルに向けて、決意をしたHさんに
とてもうれしく思い、激励しました。
それから5年後、Hさんから合格しましたとの報告を受けて、
まるで自分のことのようにうれしく思ったことを今でも覚えています。
更に1年後、当時、白色LEDの開発で知財調査、回避に携わっていた私は、
特許に関する知識の必要性を感じて、基礎的な勉強を始めていたところ、
Hさんから誘われて飲みに行った際、
弁理士試験を受けることをすすめられました。
合格率が5%前後だったので、躊躇していたのですが、
「永井さんなら合格できますよ」
とそそのかされ?、すっかりその気になってしまいました。
1年後の最初の受験では、短答試験で不合格となり、自分の考えが甘かったことに猛省し、
受験勉強一色の生活に変わりました。
おかげで翌年は短答試験に合格できました。
しかし、論文試験の勉強が追いつかず、その年はダメでした。
更に受験勉強に拍車をかけて、3回目にして、最終合格に至りました。
Yさんとは、私が最初の弁理士試験に不合格になり、
受験機関で勉強し始めたときに知り合いました。
Yさんは特許事務所に勤めていて、
夕方の講義を受けた後も事務所に帰って仕事をするくらい
忙しい状態でしたが、常に上位に名前がでていました。
Yさんは、私が短答試験に合格した年に、僅か1年で、あっさり最終合格まで至り、
そのすごさに驚いていました。
Yさんは、合格した後も、当時一緒に勉強してた仲間にアドバイスをしてくれていました。
論文試験の前夜、Yさんから一通の激励のメールを貰いました。
「この一年頑張ってきた永井さんの実力は相当のものになっていると思います。
自分を信じて頑張ってください」
とそのメールに書かれていました。
お陰で、翌日の論文試験には、ベストな状態で臨むことができ、
実力を出し切ることができ、合格に至りました。
私は、酒の席で、ふたりに、
「若いから、海外にいって、いろいろ経験した方がいいよ」
と言っていたこともあって、
私を弁理士にしてくれたHさんとYさんが、
偶然にもこの春揃って、米国で新たな仕事に挑戦するとの連絡を受け、
とてもうれしく思います。
若くて優秀なおふたりの更なる活躍、成長にとてもわくわくしています。
私は、今年、会社の統合再編で、職場が大きく変わり、
新しいことに挑戦できる機会が増えてきます。
次回、ふたりに会うときに、美味しいお酒を飲むためにも、
私も成長します。
