◆今日の御言葉◆
そういうわけで、完全な安息が今なお、神を信じる人たちに備えられているのです。
(へブル人への手紙 4:9)
Consequently, there remains a Sabbath rest for the people of God.
(Hebrews 4:9)
■所感と祈り
したがって、安息日の休みは、神の民のためにまだ残っているのです。(新改訳)
それで、安息日の休みが神の民に残されているのです。(新共同訳)
「安息」について、へブル人への手紙には、3つの安息について記述されています。
「神の安息」
神様が創造のわざを終えて休まれた安息です。
「というのは、神は七日目について、ある個所で、「そして、神は、すべてのみわざを終えて七日目に休まれた」と言われました。」(へブル人への手紙 4:4)
「約束の地での安息」
イスラエルの民がエジプトを脱出し、カナンの地(約束の地)で得た安息です。
「わたしの安息に入らせないと神が誓われたのは、ほかでもない、従おうとしなかった人たちのことではありませんか。
それゆえ、彼らが安息に入れなかったのは、不信仰のためであったことがわかります。」(へブル人への手紙 3:18-19)
「神の民のために残されている安息」
神の民のために残されている安息には、2つの意味があるようです。
ひとつは信じる者に与えられる現時点での霊的な安息です。
もうひとつは世の終わりに神の民のために与えられる永遠の安息です。
私たちは罪深く、本来は神様の御前に立てないような者ですが、キリストを信じる信仰によって神様との間に隔てる壁が取り払われました。
もはや行いによってではなく、信仰によって救われるのです。
それによって、私たちは平安が与えられました。
私たちは不完全であっても大丈夫です。
むしろ、そのような者だからこそ、神様はキリストによる救いを備えてくださいました。
この世において平安が与えられますが、それでもなお様々な問題が私たちを悩ませます。
しかし、それは永遠に続くものではありません。
信じる者に約束された永遠のいのちによって、私たちは必ず永遠の安息に入ることができます。
そこでは、完全に悲しみや苦しみから解放され、私たちは完全な平安の中で神様を喜びほめたたえます。
これが「残された安息」です。
「キリストは御子であられるのに、お受けになった多くの苦しみによって従順を学び、完全な者とされ、彼に従うすべての人々に対して、とこしえの救いを与える者となり、神によって、メルキゼデクの位に等しい大祭司ととなえられたのです。」(へブル人への手紙 5:8-10)
キリストを信じる信仰を持ち続け、「とこしえの救い」を受け、「残された安息」に入ることができますように。
主よ。私たちのために完全な救いの道を備えてくださったことを感謝します。
信じる者に与えられる安息があることを覚え、感謝します。
今日も主のもとにおらせてください。
問題の中にあっても、平安をいただくことができますように。
主の御名によりてアーメン。
清水雅夫
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日本語聖句:リビングバイブル(いのちのことば社発行)から引用
Scripture quotations taken from the NASB. http://www.lockman.org/
「10000 reasons」