「 っねぇ、痛い、」
ギリ、と爪を立てた。
「 、っ 」
まっすぐに、瞳を見つめた。
「 まな、か… 」
自らを呼ぶ声に、顔が綻ぶのを感じた。
心の内側から何かが溶けだすようだった。
ああ、誰より愛しい。
いとしい。
本当に、すきだ。
「 …よ、 」
ふと、微かな声がこぼれた。
さっと掴まなきゃ消えてしまいそうな声。
綿毛、みたいな。
「 なに? 」
「 …まなか、 」
" すきだよ "
心臓が熱くなった。
なにかに貫かれたのかと、一瞬息が詰まった。
まるで記憶が飛んだようだった。
熱さに逆らえず身を任せていたその刹那、唇が温もりを伝えた。
視界はまっくらで何も見えなかった。
ただ、なによりも愛しい、縋りたくなる、わたしだけの、匂いと温もりがあるだけだった。
…ちゅ、
「 …ん、 」
小刻みに震える綺麗な唇が離れた。
正気であるはずがなかった。なにかに貫かれたあの瞬間から、わたしの理性なんてとっくに溶けていた。
ひとつじゃなくなっちゃった、
そんなの、いやだ。
「 ん、りさ… 」
ほんの数ミリの隙間を埋めた。
いやだ、いやだ、離れるなんて許さない。
甘い吐息をかき消して口付けた。
だめだよ、わたしだけだよ、
わたしだけ見て、わたしだけしか見ちゃだめだよ。
ちゅ、
「 っふ、 」
視界の色が戻る前に、
滲んだ瞳が開ききる前に、
呼吸さえ奪うように、また唇をくっつけた。
「 っ、 」
声にならない声が、華奢な指がわたしの服の裾を掴んだ。
考えるより先に身体が動いた。
次の瞬間には、その指先を絡めていた。
きゅ、と手が繋がって。
そう、わたしだけ。
じわじわ、と何かが満ちていくのを感じる。
そう、わたしだけだよ。
ちゅ、
「 は、まなか…っは、 」
目の前の女神さまはなんだか息苦しそうだった。
ああ、いやだ。
その顔を見るのはわたしだけじゃなきゃいけない。
いやだ、なんでわたしに溶けてくれないんだろう。
早く、ひとつのものに、なりたかった。
離れたくない。一瞬たりとも。
その零れそうな涙が欲しくて、なにもかもわたしのものにしちゃいたくて、薄く端正な唇を噛みつけた。
「 った、! 」
ぽろ、と流れた雫を辿るように口付けた。
いつの間にか、わたしの左手は勝手に、理佐の頭を押さえつけていた。
「 っちょっと、まなかぁ、 」
掠れた声がまたわたしを呼ぶ。
濁流に飲み込まれたように息が苦しくなって、思わず繋いだ指先が震えた。
わたしだけのものにしちゃいたい。
「 まな、 」
ちゅ、
簡単には手に入らないからこそ。
「 っは、ちょっと、 」
「 …うるさい 」
ちゅ、
黙って。
わたしの名前だけ呼んでいればいいんだ。
後頭部に回していた左手を緩く握り、髪を撫でた。
絡んだ右手は、離れている訳もなくて、爪先が白くなるくらい握りしめ合っていた。
すき、すき、すき
すきだよ。
「 っん、!は、も、むり… 」
顔を背けるようにして唇が離され、目を開けた。
火照った頬に、無性にそそられた。
いま、わたししか見てなかった?
だめだよ逸らしちゃ。わたしだけでしょ?
髪を撫でる左手も繋いだ右手も離して、両頬にあて、ぐい、と強引にこちらを向かせた。
一瞬怯えたように光を反射した瞳に、わたしは目眩がするようだった。
「 すきだよ 」
ちゅ、
そう、本当にすき。
「 …、んん、、 」
ゆっくりと、理佐の両腕が首に回る。
そう、それでいいの。
…ああ、でも。
こわしたい。
すきすぎて。
こわしたい。
ガリ、と上唇を噛むと、ビクリと震えた理佐が、手でわたしの肩を押した。
もうちょっと待ってよ。
痛いの?
んー、ごめんね、もうちょっと待ってってば。
「 んんっ、! 」
もがく手首を捕まえて、押し付けるように口付けた。
こわしたいよ。
だめ?
時間がわからなくなるくらい、口付け合っていた。
わたしの意識が冷める頃には理佐はなぜかクタクタで、それでもうっすら血の滲んだ唇と熱がありそうなほど染まった頬だけが、やけに鮮明に脳裏に焼き付いた。
「 …まなか、 」
「 ん、? 」
お互いに爪を立てるように手を握りしめた。
もういっそくっついてしまえばいいと願いながら。
「 …すきだよ 」
…ああ、
「 …もっと言ってよ 」
ちゅ、
「 ふ、…すき、 」
「 もっと 」
っちゅ、
「 んっん、…、だいすき、 」
「 …しってる、 」
ちゅ、っちゅ。
ねぇ、もう一生離れられないよ。
もう溶けちゃいたいよ。
離れないでね。
わたしのそばにいて。わたしだけのそばに。
「 …だいすき、 」
聞こえてる?
誰よりすきだよ。
しぬまで、なんなら、しんでも、
だいすきだよ。
ふわ、と眠りにつくように目を閉じた。
わたしだけの、りさ。