北風が吹きつける寒い日だった。

愛佳からやけにテンションの高いLINEが来た。


『 ね、スタバ新作だって。飲み行こ。! 』


文面だけを見ても、あの八の字眉に細くなった瞳のニヤつく顔がありありと思い浮かんだ。
好きだなぁ、そういうの。
私はキャピキャピしたの苦手です、みたいなアピールばっかりするくせに。

緩む頬をそのままに、返事を打った。


『 りょ〜かい。いつ? 』

『 今日からだって!行こ!いまから! 』


返事を送ったその瞬間に既読がついたかと思ったら、あまりにも強引な誘いに思わずたじろいだ。
なに言ってるの、こんな寒い日に。
強い風が部屋の窓をうるさく鳴らしていた。


『 やだ、今日はだめ。寒すぎ、今度にしよ 』

『 まなかもやだ!今日飲みたい、もうりっちゃんの家行っちゃうからね! 』


うそ、でしょ。

何を送ってももう既読がつかないLINEを閉じながら、長いため息をついた。

頑固ものめ。

優しいりっちゃんが、仕方ないからつきあってあげよう。


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「 んふ、なんだかんだ一緒に来てくれると思った 」

「 まなかのわがままにはもう慣れました〜 」

「 アハハハっ! 」


明るい茶髪を揺らして、気まぐれな猫は楽しそうにケラケラ笑った。


「 どーせまた、冷たい方飲むんでしょ〜 」

「 あたりまえ〜 」

「 しんじらんなーい 」


そう、本当に信じられない。
まなかは新潟の寒さの中育ってきたからこんなのへっちゃらなのかもしれないけど、わたしにとってはずっと家に引きこもっていたいくらい寒い。


「 わたしは暖かいの飲むからねぇ 」

「 りさは寒がりだもんねっ 」

「 これに耐えれる方がおかしいの〜 」

「 えーっ 」


大袈裟に驚く愛佳を横目に見ると、マフラーに埋めた頬が淡く色付いていた。
長い前髪と透き通るような白肌が、ひどく冬の景色と馴染んでいて、ほんの一瞬だけ見とれて立ち止まった。


「 ? なーに、寒くてもう歩けない? 」



刹那、時が、止まった。



「 …ゆき、 」

「 え? 」



雪、だ。

初雪。


「 んわっ、ほんとだ!そういえば天気予報で言ってたような気がするわ〜 」


ただ、ぼーっとして、空を見上げるその横顔を、見つめていた。
一瞬、何もかも忘れてて、ただ長い睫毛に縁取られた大きな瞳を見つめていた。

何とも言えない感情だった。
それらは留まることを知らず、わたしの中に溢れかえった。

こんなに、冬が似合う綺麗なひとは、初めて見た。
こんなに、粉雪に攫われてしまいそうに綺麗なひとと、初めて出逢った。


「 っわ、なに、りっちゃん 」


気付いたら、冷たいその身体ごと、抱きしめていた。


「 …りっちゃん? 」

「 …いなく、ならないでね 」

「 …えっ? 」

「 わたしのそばから、 」


いなくならないでね。


零れた痛いほどの願望が、大粒の雪となって髪を濡らした。


「 …え…まって、どしたの、 」


突如として降り始めた粉雪は、私の心の温度さえも変えてしまったのかもしれない。
じわりと生まれた不安が、指先よりも冷たく心を刺した。


「 …、 」


何も言葉なんて紡げずに、自分より少し高いその肩にすり寄った。


「 …りさ、こそ、 」


北風にかき消されそうに小さな声が聞こえた。


「 …ずっと、まなかの、そばにいて、 」


凍りかけた心に、温かい滴が少しずつ広がっていくようだった。
ああ、そういえばこの子が自分のことを名前で呼ぶ時は、不安とか寂しさとか、そういう感情に追われた時じゃなかったか。
幼子のように不器用で飾り気のない言葉は、私の視界から粉雪さえ攫っていった。

ばかだなあ。


「 …ん、…もちろん、 」


なんで泣いてるんだろう。

訳なんて分からなかった。愛佳が飲みたがっていた新作のフラペチーノのことなんて、とっくに頭の片隅から消えていた。

わたしが大好きでたまらない人は、いま間違いなく、自分の隣にいるのに。
いま、触れてるのに。

ほんの一瞬でも目を逸らしたらいなくなりそうで怖かった。
おかしいな、わたしこんな子だったっけ。

いつの間にか繋いだ手が震えていた。
自分の肩に滴った雫は、もしかしたら、いまわたしが抱きしめている、この子の涙なんだろうか。

じわじわと、夢心地から覚めていくようだった。
胸を刺す罪悪感に、手を強く握り直した。


「 …ごめん、まなか、急に 」


変なこと言ってごめん。
不安にさせてごめん。


今年初めての雪は気付いたら止んでいた。
一瞬にしてわたしの思考を連れ去った最後の冬の華は、唇にあたってやさしく溶けた。



とけないように。


雪みたいに、淡く儚く、消えないように。

わたしがずっと、この手を離さないでいよう。

この子がいなくなってしまった世界はきっとモノクロで、どれだけ雪が降り積もろうが、わたしには分かりもしないだろう。


凍えるような寒い夜に、街中でただずっと、抱きしめあって日だまりを待っていた。



白くて綺麗な冬はきっと、その裏に尖った切なさと寂しさを抱えている。
咲きそうに膨らむ蕾を大事に守ってる。


大好きなひとが、急に恋しくなる。

それはひょっとしたら、独りよがりな冬のいたずらと、静かな魔法なのかもしれない。