例えば、ふとしたときに手を繋ぐことだとか。
肩にもたれかかった時に香る匂いだとか。
綺麗な肌と、長い睫毛と、さらさらの髪だとか。

好きなところなんて言いきれない。
ひとつひとつ挙げていったらきっと日も暮れてしまう。


「 ねぇ〜、聞いてる? 」


…けど、


「 ねぇってば〜!
わたしのどこがそんなに好きなの〜? 」


あなたのことだけを考えて日が暮れるなんて、きっと、そんな素敵なことはない、…なんて。

思ったりも、する。



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きっかけなんて特にない。
いつもそうだ。
会話なんて適当で、一日中遊んだ後に何を話したか思い返せないことなんてしょっちゅうある。
でもそれは悪いことではなくて、むしろ他人の前で本当に何も気にせずに自然体でいられる自分が意外で、驚いたりもする。
今日もいつもと変わらない、そんな日常だっただけだ。


重力のままに肩にもたれかかっていた。
肩につくくらいの髪の毛が頬をくすぐった。


「 …まなか? 」

「 …なにぃ 」

「 ふふっ、」

「 …なに笑ってんの、 」


華奢な肩が揺れる。瞑っていた目を開けた。


「 …なに、? 」

「 んーん。…ね、わたしのどこがすき? 」

「 …え、 」


不意をつかれた。なに、急に。


「 …なんで? 」

「 気になっただけ。だってさ、 」


まなか、ほんとにわたしのこと好きじゃん。


悪戯な優しい声が、笑った。


そりゃ、そうだ。本当に、好きだ。
でも、こうやって聞かれると。
自分の人より大きな耳が赤らむのが分かった。

優しい声は、まだ笑っていた。
おかしそうに、楽しそうに、笑っていた。

なんだか急に、言い表しようのない気持ちが湧き上がってきた。取り出すなら、私ばっかり、とか、なにがそんなに面白いの、とか。
まとめるなら、反撃してやりたくなったのだ。


「 …きれいな顔。と、短い髪 」

「 え、 」

「 声、が、優しいとこ。 」

「 …うん、 」

「 いつも穏やかなとこ。私の話をなんでも聞いてくれるとこ。…話が合うとこ、心を許せるとこ、」

「 …ん、 」

「 …みんなに優しいとこ、 」


それから、


「 …、私のことが好きなとこ 」


そう、これがいちばん。


揺れていた肩はいつのまにか静かになって、ただその綺麗な顔を俯かせていた。
そして、


「 …なぁに、も〜。てれるじゃん、 」


また嬉しそうに、笑った。

知ってる。
理佐はたまにそうやって、「 まなかはほんとにわたしのこと好きだよね〜 」とか、言ってくるけど。

同じくらい、私のことが好きなのも、そうやって笑うのは私の前だけだってことも、知ってる。分かってる。
理佐もきっと、私が言葉にしきれないだけの『好き』をもってることを分かってる。


またみんなに冷やかされるかな。
付き合ってんの?笑 って。

正直、それでいいんだけどなあ。


「 …まなか、すき」

「 …しってる」

「 …まなかは?」

「 …ん、」


言うまでも、ないんだけどなあ。


「 いちばん、すき 」


気持ちが言葉に乗りきらないのが恨めしい。
やっぱり私は、自分の気持ちを表現するのが苦手だ。

でも、理佐はちがうから。
私が言いたいことを、私よりも分かってるから。


「 …しってる 」


ほら、やっぱりそうだ。

窓の外を横切ったカラスが鳴いた。

いつのまにか外は暗くなり始めていた。


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黒い影が、一瞬、頬に触れて、離れた。