最近、トルコ料理を知り、国際交流をしています。
イスラム圏の彼らに日本人はテレビの影響などで 心配があるかもしれませんが、実際は全然ちがいました。
めちゃめちゃ いい人たちで フレンドリーで
料理も美味しいし、誠実です。
沢山くれますし、イスラムの料理は豚肉は食べない。それは素晴らしいと思いました。
おそらくヘルシーのためですね。
教育が整う日本は食育も子供時代から学校て学びます。日本はシステムができていて神道や仏教にはこれといって我々は経典や日に何度かの祈りはしません。一般の若い日本人はというのかな?
彼らの宗教は生活に密着している教えであり
健康や道徳、理にかなっていると思いました。
わたしは、トルコやイランなどの方々と日本で会話し食事をするうちに、豚肉をやめることにしました。
ラーメンもやめました。
まだ一週間ですが。
しかし、酒、タバコはやっています。
わたしはイスラム教徒ではない日本人ですから。
でも、詳しく知りたい私に、トルコ人もイスラム人も訊けば宗教の違いについても説明してくださいました。
ありがたいです。
わたしはてっきり、キリスト教やイスラムは
全く違うもので 対立するものとばかり思っていました。
しかし、ユダヤ教やイスラム教、キリスト教などは、同じ場所での出来事であり、呼び名は違えど登場人物、天使などはわりと同じというような感もあり、。少しちがうけど派生が枝分かれして、一番古くて、コーランは神様の言葉を書記した方が書いたものだけど、だれも手を加えないでずーっときたというお話をしてくれました。
ありがたかったです。
少し理科が深まりました。
全く別物ってわけじゃないのですね。しかし、様々な違いがあるためNGですし、とくにユダヤ教徒とは違うわけで
日本人から見たら 沢山世界史や地理的な勉強しておかないと きちんと把握することは難しい。 でも、知るべきだ。
テレビなどで人気解説者などにつられ、分かりやすいなどと感心していても、どうせ忘れます。前向きに本から学ぶことは大事だと思う。
じつは、モロッコ人とも仲良くてイスラムなんです。で、モロッコのお店でトルコの本やイスラムの本を読んだり、美しいモスクなどを見ました。
特産品やモザイク、タイル、模様など宗教から来ていて国民性や伝統、特色を大切にしていることは、各お店、各外国人から伺えました。
日本人だけが母国の伝統に対して知識がなく拘りがないのは、わりと危ないと最近気付き始めました。
日本人といえば、海外に行き食べ物に慣れず疲れ果てラーメン餃子を食べたという人がいますが、それは日本料理なのかビミョウです。笑
わたしは日本人だが地方出身で、東京はある意味外国です。日本の中の外国です。
反対に東京からみて、東北に来た友達愛知、大阪、長野、九州など関東関西のやつらは
ほぼ、本州最北端を見下してましたね。
しかし、料理の味はコスパも日本一素晴らしかったでしょう。
あんな新鮮な魚たへたことないやろ?笑
ということで、わたしら田舎者は、京都や三重や広島、愛知の人間とはあまり気が合わない。
ずる賢くて嫌い。優しくなくて自分が得するように立ち回るために悪口も言うし、自分が可哀想な演出もするし、、、朴訥で真面目な東北人は唖然として ああはなりたくないし、
失礼しまくりの我が物顔に ドン引きするだけです。
心は素直でも清らかでありたいですね。
人を踏み台にしてまで上り詰めようとする見三重広島や関東の一部の人間には、仲間として本当に一緒にいたくない。その一言です。
そんなわたしだから、ある側面しかしらないけど、世界の様々な人や人種などもふくめ歴史や宗教なども理解をしたいと考えたのです。
つまり、外国人と付き合う機会があるおかげで、自分が日本人だと考え意識するチャンスに会えました。
そして、自分たちは日本人としての本質的な宗教心を取り戻さなくてはいけないと感じました。
それはキリスト教徒の日本人はキリスト教で構わないし、イスラムの日本人も構わない。
つまり、天に、神に祈り 食糧に感謝する気持ちを失わないようにしなければならないし、
初心にかえる心は大事でしょう。
神様がおつくりになった世界、自然、人間とかもね。それに一々いちゃもんつけることなく、各々の信じる神は尊く、一番で良いと思う。一番いけないことは、違うから人間じゃない、だから殺していい。だとか迫害してもいいだとか、それはかわいそうだと思ってしまうし、宗教の創造主様は決して信仰者の争いは望まれていないと思うのです。
だから、戦争はやっちゃダメで、やる口実にはなり得ないと。
むしろ、戦争は場所の奪い合いや、殺された、責められたとかそういう侵入者にたいする防衛、どんどん攻めてくるやつ
との火種、うらみ、仕返しの繰り返しで
結局、民族には戦争の歴史があるから、他民族が1つの場により集まれば、最初は良いが、みんな自分が1番だから、いずれ喧嘩になる。民族が違う、言葉、習慣、違うわけだから食べ物だって宗教が関係するし、これは
わりかし厄介だ。
だから、多民族国家より民族は決まった場所に固まる方がほっとして平和の均衡も保たれる。
日本はわりとビンボーな人が多いのに
外国人は勘違いしていたりするから、狙われたりするけど、わるい人には来てほしくないね。
日本人は自分が餓死しても日本が統治した国から盗みをする者はいなかったよ。
植民地、侵略の歴史はあーりあ人とが西洋人の歴史とは異なり、日本人の太平洋戦争や日露戦争は 大東亜共栄圏人民解放戦争というものだから。
まじめに、あのころの恐怖、考えてみてください。
大陸では、皆奪ったり国がなくなったり、抹殺されたり、奴隷になるなど悲しい歴史がありました。
だからこそ、自分の国に誇りを持ち、なんだかんだ食わない。そういうプライドは生き抜くためにも大事だね。
わたしは日本人だけど、なんとなく肉を食べることをやめています。
卵1つだって命だから、
そういえば、鍋や包丁など全ての調理器具も
豚を使わないものにわけである。
そういうことを忘れてた。
外国人のイスラムの知人が枝豆やシャケ
卵焼きも食べてくれないのは、知らない日本のキッチンの物は宗教に関わるからなんだね。しかも調理する人もイスラム教の人でお祈りを捧げてる人じゃないと やっばりいけないのかな?
わたしたちは、コーランを知らないから。
軽率に食品をプレゼントしても、迷惑行為かもしれないのだね。
いま気づいたわ。。。
最近では、変わってきているのかもしれないけど、しっかりと区別をもち、何かあげたいなら日本人にあげるほうが良いね。
お花やグラスとか差し支えないものなら
喜ばれそうだ。^ ^
イスラム圏の彼らに日本人はテレビの影響などで 心配があるかもしれませんが、実際は全然ちがいました。
めちゃめちゃ いい人たちで フレンドリーで
料理も美味しいし、誠実です。
沢山くれますし、イスラムの料理は豚肉は食べない。それは素晴らしいと思いました。
おそらくヘルシーのためですね。
教育が整う日本は食育も子供時代から学校て学びます。日本はシステムができていて神道や仏教にはこれといって我々は経典や日に何度かの祈りはしません。一般の若い日本人はというのかな?
彼らの宗教は生活に密着している教えであり
健康や道徳、理にかなっていると思いました。
わたしは、トルコやイランなどの方々と日本で会話し食事をするうちに、豚肉をやめることにしました。
ラーメンもやめました。
まだ一週間ですが。
しかし、酒、タバコはやっています。
わたしはイスラム教徒ではない日本人ですから。
でも、詳しく知りたい私に、トルコ人もイスラム人も訊けば宗教の違いについても説明してくださいました。
ありがたいです。
わたしはてっきり、キリスト教やイスラムは
全く違うもので 対立するものとばかり思っていました。
しかし、ユダヤ教やイスラム教、キリスト教などは、同じ場所での出来事であり、呼び名は違えど登場人物、天使などはわりと同じというような感もあり、。少しちがうけど派生が枝分かれして、一番古くて、コーランは神様の言葉を書記した方が書いたものだけど、だれも手を加えないでずーっときたというお話をしてくれました。
ありがたかったです。
少し理科が深まりました。
全く別物ってわけじゃないのですね。しかし、様々な違いがあるためNGですし、とくにユダヤ教徒とは違うわけで
日本人から見たら 沢山世界史や地理的な勉強しておかないと きちんと把握することは難しい。 でも、知るべきだ。
テレビなどで人気解説者などにつられ、分かりやすいなどと感心していても、どうせ忘れます。前向きに本から学ぶことは大事だと思う。
じつは、モロッコ人とも仲良くてイスラムなんです。で、モロッコのお店でトルコの本やイスラムの本を読んだり、美しいモスクなどを見ました。
特産品やモザイク、タイル、模様など宗教から来ていて国民性や伝統、特色を大切にしていることは、各お店、各外国人から伺えました。
日本人だけが母国の伝統に対して知識がなく拘りがないのは、わりと危ないと最近気付き始めました。
日本人といえば、海外に行き食べ物に慣れず疲れ果てラーメン餃子を食べたという人がいますが、それは日本料理なのかビミョウです。笑
わたしは日本人だが地方出身で、東京はある意味外国です。日本の中の外国です。
反対に東京からみて、東北に来た友達愛知、大阪、長野、九州など関東関西のやつらは
ほぼ、本州最北端を見下してましたね。
しかし、料理の味はコスパも日本一素晴らしかったでしょう。
あんな新鮮な魚たへたことないやろ?笑
ということで、わたしら田舎者は、京都や三重や広島、愛知の人間とはあまり気が合わない。
ずる賢くて嫌い。優しくなくて自分が得するように立ち回るために悪口も言うし、自分が可哀想な演出もするし、、、朴訥で真面目な東北人は唖然として ああはなりたくないし、
失礼しまくりの我が物顔に ドン引きするだけです。
心は素直でも清らかでありたいですね。
人を踏み台にしてまで上り詰めようとする見三重広島や関東の一部の人間には、仲間として本当に一緒にいたくない。その一言です。
そんなわたしだから、ある側面しかしらないけど、世界の様々な人や人種などもふくめ歴史や宗教なども理解をしたいと考えたのです。
つまり、外国人と付き合う機会があるおかげで、自分が日本人だと考え意識するチャンスに会えました。
そして、自分たちは日本人としての本質的な宗教心を取り戻さなくてはいけないと感じました。
それはキリスト教徒の日本人はキリスト教で構わないし、イスラムの日本人も構わない。
つまり、天に、神に祈り 食糧に感謝する気持ちを失わないようにしなければならないし、
初心にかえる心は大事でしょう。
神様がおつくりになった世界、自然、人間とかもね。それに一々いちゃもんつけることなく、各々の信じる神は尊く、一番で良いと思う。一番いけないことは、違うから人間じゃない、だから殺していい。だとか迫害してもいいだとか、それはかわいそうだと思ってしまうし、宗教の創造主様は決して信仰者の争いは望まれていないと思うのです。
だから、戦争はやっちゃダメで、やる口実にはなり得ないと。
むしろ、戦争は場所の奪い合いや、殺された、責められたとかそういう侵入者にたいする防衛、どんどん攻めてくるやつ
との火種、うらみ、仕返しの繰り返しで
結局、民族には戦争の歴史があるから、他民族が1つの場により集まれば、最初は良いが、みんな自分が1番だから、いずれ喧嘩になる。民族が違う、言葉、習慣、違うわけだから食べ物だって宗教が関係するし、これは
わりかし厄介だ。
だから、多民族国家より民族は決まった場所に固まる方がほっとして平和の均衡も保たれる。
日本はわりとビンボーな人が多いのに
外国人は勘違いしていたりするから、狙われたりするけど、わるい人には来てほしくないね。
日本人は自分が餓死しても日本が統治した国から盗みをする者はいなかったよ。
植民地、侵略の歴史はあーりあ人とが西洋人の歴史とは異なり、日本人の太平洋戦争や日露戦争は 大東亜共栄圏人民解放戦争というものだから。
まじめに、あのころの恐怖、考えてみてください。
大陸では、皆奪ったり国がなくなったり、抹殺されたり、奴隷になるなど悲しい歴史がありました。
だからこそ、自分の国に誇りを持ち、なんだかんだ食わない。そういうプライドは生き抜くためにも大事だね。
わたしは日本人だけど、なんとなく肉を食べることをやめています。
卵1つだって命だから、
そういえば、鍋や包丁など全ての調理器具も
豚を使わないものにわけである。
そういうことを忘れてた。
外国人のイスラムの知人が枝豆やシャケ
卵焼きも食べてくれないのは、知らない日本のキッチンの物は宗教に関わるからなんだね。しかも調理する人もイスラム教の人でお祈りを捧げてる人じゃないと やっばりいけないのかな?
わたしたちは、コーランを知らないから。
軽率に食品をプレゼントしても、迷惑行為かもしれないのだね。
いま気づいたわ。。。
最近では、変わってきているのかもしれないけど、しっかりと区別をもち、何かあげたいなら日本人にあげるほうが良いね。
お花やグラスとか差し支えないものなら
喜ばれそうだ。^ ^