まりぃが大暴走、すなわち大活躍して一週間、色々考えることがあった。

 

私は、あの2回のひなあいは、ことさら大きな意味を持つと感じるからである。

 

それは依然として、バラエティ的側面を継続することが日向坂の継続に繋がると考えているからである。

 

 

  ■ 初めに

 

日向坂 ー バラエティ = ?

 

さて、この問いにあなたはどう答えるだろうか?

単純な数値では対象を表せない以上、直感が答えを出してくれるはずである。

 

因みに、私の回答は、”乃木坂の様な別の何か”である。

 

よって、日向坂は二つの意味で後継者を育てなければならないという事である。

 

しかし、この安直な回答に納得できない人もいるだろう事も私は感じている。ただ、それは貴方の日向坂に対する想いが証明してしまうのである。

 

それはこうである。

 

貴方は、日向坂が唯一無二の存在であると思っているはずである。それは数多いるアイドルグループの中にあっても、彼女達は、他とは違う特別なグループだということだ。

 

特別とは、他とは違う”何か”を持っている事でもある。ではそれは何か?

 

それは魅力を要素として、挙げていけばわかる。

可愛い、元気、仲が良い、などなど沢山あるだろう。しかし、その殆どが色んなアイドルグループと被ってしまう事になる。

 

「いや、違うんだよ。僕は、1人の人間として彼女たちを推しているんだ!」

 

なるほど、それならわかる。

しかし、それなら君は、その推し(乃至推し達)が卒業すれば、日向坂のファンでは無くなるということになる。それならば、仕方がない、何もいう事は無い。

 

でも違うというならば、君は、他にも彼女達が特別だという要素を感じていることにならないだろうか?

 

そして、それこそが彼女達が唯一無二である要素とはならないだろうか?

 

それについて、私がどう思っているかは書くまでもないだろう。

 

もしかしたら、全く別の要素である可能性は否定できないが、その根拠を何が担保してくれているのか疑問ではあるが。

 

 

 

 

  ■ ハッピーオーラ

 

では、”ハッピーオーラ”はどうだろうか?

これは、彼女達が自身の魅力、そして自身が為すべきことをより明確に伝える為に設定したスローガンである。

 

これさえ、継続させていけば日向坂の継続については問題ないだろうか?

 

それは、非常に微妙だと思う。

 

何故か?以前にも書いたが”ハッピーオーラ”というモノは、結局の所、全てのアイドルグループがやっていることと変わりはないからである。

 

大事なのは、それに言語化したことであるが、それだけで彼女達が唯一無二の存在でいれるか?と問われれば難しいのではないだろうか。(可能性はゼロではないと思うが)

 

 

 

  ■ 後継者

 

4期生の期別楽曲では、清水、小西、宮地にある程度焦点が定められていた様に感じる。

 

あってるよね?だよね。

 

つまり、短期的なアイドル面の後継者は彼女達なのだろう。そして中、長期的な後継者は正源司、渡辺なのだろうと思う。

 

そして、ぶっちゃけて言ってしまえばルックスが良ければ後継者は務まってしまうのが、本音だと感じる。流石に異論がある人はいないと思われる、これは、ルックスがアイドルの大前提となっている点からも覆すことは出来ないはずである。

 

ただ、日向坂はアイドル一本で売れたわけでは無いと、私はずっと主張してきた。まぁ、大半の方が同意見だと信じている。

 

ということは、同時にバラエティ面での後継者を見つけなくてはならない。

 

最初は、それは高橋が担っていくのかな?と考えていたがそうでは無かった。彼女は、生真面目のしっかり者タイプで、さらにいえば、強気な負けず嫌いであり、風紀委員の様なツッコミタイプなのかな、と今では思っている。

 

勿論、それはそれでいいのである。

 

がしかし、依然としてバラエティ面で活躍できるタイプ、つまり、ボケ気質(天然も含む)大暴れできる後継者が必ず必要なのである。

 

 

 

  ■ 天才まりぃ爆誕

 

彼女が頻繁にshowroomを行い、それがファンにウケていることは前々から気になっていた。時間の都合上、全てを確認することは出来なかったが、なるほど、ファンの心を掴む理由は良く分かった。

 

さらに言えば、メッセージアプリも好評と聞く。これも上記から容易に想像できる。

 

しかし、そんな彼女の魅力をひなあいではハッキリと確認は出来なかった。しかし、片鱗は確かにあった。ただ、それが上手く表現されてこなかったのである。

 

それが、2年の熟成期間を経て、ついに顕在化したのである!!

8888888888888!!!!

 

 

 

もう小難しいことは何も言うまい、冒頭で述べた二つのひなあいで一番輝いていたのはまりぃである!

 

誰が何といおうとまりぃである!!

 

場を滅茶苦茶にして、最期にMCに丸投げするという”大正解”をたたき出したのは君だ!!!!

 

 

 

将来、日向坂の片翼を担うのはまりぃである!のかもしれないwww

少なくとも、私は将来の日向坂に彼女がさらに躍動する未来を垣間見た。ならば、私のすることは決まっている。

 

つまり、推して知るべしである!

(これ伝わるかなw)
 

 

とはいえ、見たい。。

 

ものすごーく、見たい。。

 

まとめブログ見れば、情報は漏れてくるし、見たい。。

 

でも、我慢である。

 

偶然にも、私は東洋哲学の本を読んでいて、修行のそれと重ねて自身の状況を鑑みて笑けてしまう。

 

しかし、修行はただの方便であり、どんな修行であるかについては問題ではない。

 

大事なのは結果である、この場合は感動である。

 

よって、我慢である。

 

ううう。。

 

 

僥倖。

 

かと思いきや‥。

 

 

  ■ 序

 

これは、4期生ドキュメンタリー動画について、

見るべきではない。いや、”今”見るべきでは無いと強く感じた事に始まる。

 

彼女達についての情報発信が断たれ、悲しいという気持ちからものの数日での再開(再会)となり純粋に喜んでいたのだが、何かがおかしい。。

 

それは、第一弾の動画をしばらく見てから暫くして感じた事だが、それ以前に”ドキュメンタリー”‥この言葉に”何か”が引っ掛かっていた様に思う。

 

詳細に言えば、彼女の生い立ちに触れる部分で私は見るのを辞めてしまった。

 

何故だろう?

 

私は、タップした指をゆっくりと降ろしながら、じっくり考えた。

 

 

 

  ■ 破

 

ドキュメンタリーという言葉の本来の意味とは別に、私個人がそれについて感じることがある。

 

それは、裏側という意味合いである。

 

”三年目のデビュー”、”希望と絶望”この二つの映画は、まさにそれであった。

 

キラキラした舞台の裏側は一体どんなものなのだろうか?躍動する彼女達の素の表情というのは?また、アイドルという活動はどの様に行われているのだろうか?

 

それを、二つの映画は教えてくれた。それは、どちらかといえば、ネガティブな面が強かった様に思えるがそれは本質ではないと思う。

 

本質は、舞台の”裏側”を見てみたい!という、私達”観客”の率直な好奇心ではないだろうか。

 

 

 

 ■ 急

 

それを踏まえて、何故今見るべきではのか⁉ということを説明しなければならない。

 

私が日向坂を知ったのは、あちこちオードリーからである。そこから、ひなあいに行き、徐々にファンになっていった。そして、ある程度時間をおいてから”三年目のデビュー”を見た。

 

恐らく、途中で興味が削がれていたとしたら”三年目のデビュー(ドキュメンタリー)”は見ていないだろうと思うのである。

 

ここで、私がドキュメンタリーを”裏側”としたことを今一度思い出してほしい。

 

つまり、舞台と言う”表”があってこその”裏”だという訳だ。

 

私は、ひなあいで大暴れする彼女達に心惹かれてさらに興味を持ち、ファンに成っていった。だからこそ、その裏側を見たくなったのだと思うのである。

 

 

例えば、売れてない芸人のドキュメンタリーをいきなり見たいと思うだろうか?

それは、”M-1で優勝した”売れてない芸人のドキュメンタリーという、前置きが必要なのではなないだろうか?

 

しかし、彼女達は既に大々的にデビューしており、また注目されているという点ではそれに当たらないかもしれない。

 

ただ、彼女達はまだ何者でもない。それは、何を成したわけでは無いという意味である。

 

これは、当然個人的主観によるものであるが、どうだろう?

ひなあいや、ひなちょい、また音楽番組やライブなどで活躍(活動)があってこその、ドキュメンタリー(裏側)ではないだろうか?

 

そこには、我々観客からみる、バラエティに対する姿勢であったり、目に見える苦悩、葛藤があったりするはずである。また、ダンスや歌に対するそれも見えてくるはずである。それを経験してこそ、初めて本音(裏側)というものの張りがでてくるのではないだろうか?実はこう思っていた、こういうことを考えていた、そういう本音に価値がつくにはそういう過程が必須だと私は感じる。

 

しかし、ダンスや歌はMVで経験しているのでは?という疑問が出てくる。

 

確かにそうである。

MVではダンスの苦手なメンバーが居ることが明らかにわかる。なので、恐らく今回のドキュメンタリーはその点もフリとして構成されているのだろうと思う(確かまとめブログで合宿の一幕が切り抜きされていた様な)

 

ただ、それでも違うと言いたい。

それは、ドキュメンタリー(本来の意味)であったとしても、ドラマ仕立てに構成されているという点にある。ドラマはカタルシスに向かって走るものである。ならば、当然としてオチ(カタルシス)に対するフリがある。

 

そのフリが弱すぎるのではないだろうか?

(勿論、彼女たちを責めている訳では無いのは分かってもらえると思う)

 

つまり、真の問題は、彼女達の本音(カタルシス)と言う価値を、相対的に引き上げるフリの弱さなのである。

 

要は、彼女達の本音を、まだ大して活動していないのに、始まったばかりなのに、もったいないのではないかということだ。

 

無論、ドキュメンタリーを見るのに、マナーもセオリーも無い

(正しい見方など、あるべきでは無い)

 

が、私はそれを強く求める。

 

それは、私が何よりもドラマ性を重んじるという偏見に満ち満ちているからである。

(私はそういう人間なのです)

 

 

 

  ■ 最後に

 

なので、この動画を見るのは恐らくは、半年後くらいになるだろうか。

 

恐らくはこの感想に共感する方は少ないとは思うが、まぁそれはそんなに大事なことではない様に思う。

 

そして、その時が来たら、相対的に熟成された美酒を楽しもうと思う。それは、私だけの愉しみであり、その優越感が味の深みを増してくれることはまず間違いない。

 

因みに、序破急は安直な解釈による使用なのであしからず(笑)

(一度使ってみたかったw)

 

 

 

つまり、日向坂は全く関係ない。

 

これは、最近本を読みながらふと長年の疑問に対しての納得できる(自身の中でのみ)答えが見つかったことに始まる。

 

それは、もしかしたら、貴方の心を害する可能性がある。なので、読まずにこのページを離れる選択肢を敢えてお勧めする。

 

ならなぜ、このブログでわざわざそれを書くのかという疑問が浮かぶはずである。

 

それは、もっともであり、理由はこうである。

 

このブログは、日向坂に関することを通して、私なりの考えを表現する場だと思っている。また、その側面として、私と言う人間を分かって欲しいという隠れた願望が有る事は否定できない。

 

さて、前置きが長くなったせいで、変な期待感が膨らんでいるかもしれないが、余談(雑談の類)であることを思い出してほしい(笑)

 

 

   ■ 本題

 

”生きてるだけで丸儲け”

 

これは明石家さんまさんの名言とされている言葉である。(単に祀り上げられているだけだと思うが、そもそも名言は皆そうか‥)私は、これが昔から好きでは無かった。だけど、何故好きでは無いのかが分からなかった。

 

ただ、この言葉に一定数の人が共感し、良い言葉だという賞賛を与えている。

 

私には、全くわからない。けど、それが何故分からないのかが、分からない。

 

そんな時、ある本を読んだ。それは、シェリー・ケーガンの”「死」とは何か”というものである。

 

勿論、ここで本の内容や得たモノを語ることは差し控える。ただ、この本を読んでいる最中に何故か、この問いへの回答が浮かんできたのである。(こういう瞬間が実に愉しい)

 

 

  ■ 何が分かったか

 

この言葉を初めて聞いた時、私は満たされない人生を送っていた。ただそれは、劇的に酷い人生だった訳ではない。所謂人間らしい人生を送っていたと今でも思う。しかし、満たされてはいなかった。

 

私は生きているが、何にも満たされてはいない!どこが丸儲けなのか!?意味が分からない!!

 

しかし、これだけでは納得できる回答には達していない様に思える。ただの若者の主張?以下である。

 

なので、この言葉を”名言”と仮定してみる。

名言とは、確かにそうだと感じさせるような、すぐれた言葉、らしい。

 

では、この言葉を嫌うのはどういう人間だろうか?

私の様な満たされない人生を送っている人間、つまり不幸と感じている人間だと直感的には感じる。

 

そして、不幸にも大小様々ある。お金がない、恋人がいない、仕事がない、夢がない、病気である、酷い病気である、色々だ。

 

ただ総じて不幸だと感じる人達は、決して生きてるだけで丸儲けなどとは思わないだろう。

 

では、この言葉を名言と受け止める人は一体どんな人だろうか?

 

思うにそれは、現時点を以て満たされている人ではないだろうか?経済的余裕が有り、私生活も恵まれ、何ら憂いがない、そんな幸せな人ではないだろうか。

 

そうだとしたら、丸儲けだと思っても何ら不思議ではない。

 

 

 

  ■ 転換 実は今、私は”生きてるだけで丸儲け”だと思っている

 

なら、この言葉を賞賛するのか⁉といえばそうでは無い。

 

それは、この言葉が名言とするならば、つまり、優れた言葉だとするならば、人を勇気づけたり、背中を押したり、役に立ったりするはずだと個人的には思うのである。

 

しかし、この言葉は、今現在幸せだという人にしか響かないし、共感できない。それ以外の人(不幸な人)には全く以て共感できない。この言葉自体が、単なる状況の比喩的表現でしかない様に思える。

 

そんな言葉が、名言であるとは到底思えない。

 

ただ、言っておかなくてはならないのが、明石家さんを叩きたいのではない事だ。この言葉は恐らくファンの方が勝手に祀り上げたものだろうからだ。ここでは名言と仮定して話しているだけに過ぎない。

 

 

  ■ 最後に

 

この言葉は実は違う意図があるんだよ!という方も仰るかもしれない。

しかし、言葉と言うのは基本的には受け手の問題であると私は思う。

 

お前はノロマでバカで愚かだ!と言う言葉が、仮に相手を想っての言葉だとして、納得できるだろうか?

 

納得は出来ないだろう。心は傷付き、その人を嫌いになるはずである。

 

勿論これは極端な例だけど、分かってもらえると思う。

最近、TVのコメンテーターが自身の失言を、実は‥と言うように取り繕っているが、見るに堪えない。

 

 

 

おっと、、、そろそろ道を外し過ぎているかもしれないのでここらでお開きにしようと思う。

 

ここまで読んでくれた方がいるかどうか分からないが、それを確認する術がないので問うても仕方がない。

 

ただ、”外”に自身の意見を発信するという意味で、この駄文を書き掲載したことだけでも多少意義があると私は感じる。

 

次は、日向坂の記事で会いましょう(笑)

 

私の書く文章の文体はよく変わってしまう。

 

それは、単純に私が現在読んでいる本の影響をモロに受けるからである。

 

という様に、今は以上の様な文体になってしまってますwww

 

変ですかねwまぁ、また暫くすれば変わると思うので気にしても仕方がないってのが結論ですwww

  ■ 清水さん

 

彼女が発表のトップバッターに選ばれた理由の一つが分かりましたね。

 

それは、期別楽曲のセンターという役回り故にでした。

 

ダンスも決め顔(パフォーマンス)も及第点以上ではないかと感じます。元チア部という情報が本当なら、基礎は固められているんでしょう。また、声の線は細く感じましたが、問題ないレベルじゃないんでしょうか。(以上、素人談www)

 

ってか、彼女は写真よりも動画の方が可愛く見える様な気がするのは私だけだろうか。それに関しては宮地さんもそう感じました。

 

また、ラストを務めた小西さんもフロント(センター横?)だったので、発表順はその二人で挟んだ感じなんでしょうか。

 

ただ、これで彼女がトップバッター(センター)に選ばれた理由の全てが明らかになった訳ではないことは留意しておきたい。(彼女の内面性にまだ私は期待している)

 

 

 

  ■ MV

 

しかし、MVは見辛かった。ダンスパートが。

 

これには明らかに理由があり、それが分かる部分が見受けられた。

 

誰かを特定することに意義を感じないので、それが気になる人は勝手にやってくれればいいが、ダンスがおぼつかない子がいたことが理由に挙げられる。

 

故に、ダンスパートの画面切り替えが多発したのだろうと。

 

長めのカットでダンスパートを映せば、そこが悪目立ちしてしまうということを危惧しての処置だと思われる。制作側もかなり苦労して編集したことは容易に伺える。

 

ただ、それはこれから上手くなっていけばいい話しなので、大した問題ではない。

 

 

 

  ■ MV その2

 

それよりも気になったのが、メンバーの判別特定が難しいことである。

 

これはまとめサイトでも大いに盛り上がっていた。また、某SNSではやり玉に挙げられていた。

 

ただ、これは贔屓目に見ても分かり辛かった‥。何度、一時停止ボタンを押したことか。

 

押したよね?

 

上記でも書いたように、顔の印象が違う子がいたことも理由のひとつだが(いい意味で)髪型がほぼ皆同じなことも大きかった。

 

ポニーテールは、ダメだったのだろうか?乃至、髪を縛ることもNGだったのだろうか?確かにサラサラのロングヘアは清楚な印象を与えてくれるが、判別できない事よりも優先されることなんだろうか。

 

しかし、MVのワンシーンでメンバーがそれぞれ振り向いてポーズを決める箇所があり、あのシーンを効果的に魅せるのであれば髪を縛るのはいただけない事は確かである。ふわっと舞う髪が最大限に表現されるにはそれがベストなのかもしれない。

 

これから髪型にも個性を出していくのであるならば、これも伸びしろと言ってしまおうではないか!

 

 

  ■ 総括

 

とても好印象なMVだと思う。

 

それは、全体を通してのメッセージ性について感じることがあるからだ。特に衣装について、敢えてグループカラーの空色を使わず、白一色のそれにしたことに強いメッセージが込められている様に思える。(歌詞はよく分からんw)

 

白は清純さの象徴であり、そして、まだ何者でもない彼女たちを象徴している。それは、これから日向坂になっていくという、我々ファンへのメッセージだろう。曲調も爽やかで、これから始まる何かを感じさせてくれる様で、始まりの曲としてはピッタリなのではないだろうか。

 

また、ハッピーオーラも感じれたのではないだろうか。上記にも書いた振り返りのシーンでは、それが強調されて見て取れる。それぞれのポーズには個性が表現されている。それは、けやき坂、日向坂という短いながらも濃い歴史の中で生み出されたアイデンティティであるハッピーオーラを彼女達なりに表現したのではないだろうか。

 

勿論、振り付けはプロが考えたのもので、この振り返りで好きなポーズをとってね、と言われたに違いない。しかし、大事なのはそのポーズのバリエーションでも無く、ポーズ自体の意味でも無く、ましてキレでもない。大事なのは、受け手にどう感じてもらうかである。

 

日向坂である以上、ハッピーオーラを意識しているのは間違いないだろう。ただ、ハッピーオーラは言ってしまえば他のアイドルグループの殆どが実践していることと変わりはない。しかし、その誰もがやっていることを言語化したことに意味があるのだと強く感じる。言語化には非常に強い力がある。それは、形のあやふやなモノを相手に分かり易く伝えることに他ならなない。そして、それは行動主体である本人にとっても何を伝えればいいのか分かり易くなるという点でも強い力がある。

 

つまり、彼女達はただなんとなくいい感じに魅せるのではなく、明確な”ハッピーオーラ”という言葉を意識して物事を伝えることが出来るということである。このMVでそれを感じられたかどうかは勿論、受け手次第にはなるが、少なくとも私にはそれが在ったのではないかと思える。

 

 

4期生の発表からの流れの行き着く先は、ミーグリ参加ということが分かった。

 

これに関して、意見は無いが、4期生の続報はここで一旦途切れることとなってしまった訳だ。

 

それが悲しい。

 

12時には、また何か発表があるのではないかという習慣がついてしまった人は私以外にもいるのではないだろうか?(笑)

 

私は所謂ライト層の枠の中にいる人間なので、ミーグリに参加する気はない。(興味が無い訳ではない)

 

ただ、中学生の子とそうなった時に、何をお話ししようかという想定はしてしまう(笑)

 

今、これを読んでいる貴方もそうではないだろうか(笑)

 

 

 

さて、話は変わるが4期生をいれての”ひなあい”はどうなるのか?

 

最近のひなあいの形式は同じ企画の中でメンバーを入れ替えて行っているところをみると、4期生加入後もそういうスタンスをとる可能性は非常に高い。

 

しかし、+12人は余りにも多い。これがコロナ以前なら可能だとも思わなくもないが、どうだろう。。

 

乃木坂の様に期別での番組が始まることもありえるのか?

 

日向坂の人気がそれを行うに足りうる程なのかという尺度が私には分からないので、何とも言い難い。

 

個人的欲求は、半々である。

 

それは、乃木坂というよりも、一部の乃木坂ファンが感じている事と一緒である。

 

期別の番組はその露出が増えるという面では非常に喜ばしいが、反面バナナマンの様な今までのMCとの関係性が薄れることは残念に思ってしまう。

 

MCとメンバーとの絆は、ファンにとって特別なものだと私は感じる。

 

だからこそ、私達はひなあいの30分延長を望むが、乃木坂がそれをやってない以上、可能性は非常に小さい。まぁ、ここで私が悶々と悩んでも仕方のない事なんだけれども、それを書くのがこのブログの主旨なのでどうか許してほしい。

 

ただ、ここまで大所帯となったグループとして、何の策も無いとも思えない。

 

このオーディション、1人くらいの調整はあったとしても、取る人数は予め決定していたと思ってもいいはずである。ならば、その子達の活躍の場というのも当然考えていないとお粗末としか言いようがない。

 

そして、その可能性においては、期別番組乃至それにあたる"何か"は有るのではないかと想像してしまう事は仕方ないだろう。

 

特に、日向坂はバラエティ面を評価されている事実がある。(全員のバラエティ能力が高いという意味ではない、ただ積極的で面白味があるということ)

 

であるならば、その場を考えてくれる人達がいる可能性も勿論高くなる。例え期別番組という形でないにしても、”何か”あるのではないかとつい期待してしまう。

 

嗚呼、早く情報を!

 

 

 

コレがないのは、そこまで語ることがないからであることを先に話しておきたい。

 

私が非常に楽しみにしているこの問題について、4期生メンバーをみて先が見えてしまい楽しみが減ってしまった様に感じる。

 

それは、4期生に正源司さんとリナワタナベさんがいるからに他ならない。(この二人に何の罪もないこと、また責めている訳ではないことを強く主張しておく)

 

若林さんは、バランスを見る人であることは周知の事実であり、ともすれば依怙贔屓組はこの二人になる可能性が非常に高い。

 

この二人は、明らかに次々世代を見越しての人選であり、恐らくは普通の子だろう(変人ではないという意)

 

ならば、バラエティ面に関しても苦手であることは想像に難くない。

 

特に正源司さんに関しては、その苗字の珍しさ故に、ひなあいでもイジリの対象になることはまず間違いない。そしてリナワタナベに関しても最年少という立場から、様々なフォローがなされることもまず間違いない。

 

そして、MCである若林さんが、全体のバランスをみてソレを判断することも間違いはない。よって、依怙贔屓組はこの二人になるだろう。

 

個人的に4期生のどの子が依怙贔屓の対象になるかが楽しみだったが、これはほぼ確定ではないだろうか?

 

しかし、そうはならない場合が一つだけ頭に思い浮かぶ。

 

それは、この二人、もしくはどちらかが、とても活発で依怙贔屓(フォロー)する必要がない場合である。富田とまではいかなくても、ツッコミどころのある人間性(キャラクター)であるなら、その可能性はほぼ無くなる。

 

もしそうならば、私の斜め上を打ち抜かれることとなり、最高の展開となる訳だけど、事はそう思惑どうりにはいかないんじゃないかとも思う。

 

妄想は膨らむばかりである。

4期生12人の顔見せが終わりました。

 

その中で気になる子が3人います。

 

それは、清水さん、山下さん、平岡さんです。

 

 

 

■清水理央さん

 

運営がトップバッターに選んだ理由に注目せざるを得ません。忖度無しに言えば、ルックスでは平岡さんや竹内さんが自他共に上だという意見があるからです。

 

しかし、何の理由もなくトップバッターを任されるはずがありません。特にこの4期生は運営が世代交代を見越してのオーディションなのですから。

 

よって、ひっじょーーーーーに気になるのです。

 

 

■山下葉留花さん

 

彼女は、アー写(アーティスト写真)において、唯一手を画角に収め、ポーズをとっています。だから何だという意見もありますが、それは既に彼女が自己プロデュースの意識が高いことを意味している可能性があると思うのです。

 

また、某SNSでは、彼女が以前いずれかの坂道グループのオーディションを受けている画像が載せられていました。ということは、今回で彼女は念願の合格を勝ち取ったということになります。

 

他の子にも同様の経歴があるかもしれませんが、以上二つの理由から、ひっじょーーーーーに気になるのです。

 

 

■平岡海月さん

 

彼女は、私が言う所謂客観的な美人の一人です。

 

故に、若い子なのかな?と思いきや20歳という年齢制限ギリギリでした。この推測理由は、ルックス重視の人選であるならば、若い子をとるんじゃないかという考えが元です。

 

よって、彼女の選ばれた理由と言うのが、ルックスと人間性(キャラ)の両方が認められた可能性があるのではないかと思うのです。特に人間性(キャラ)が気になります。

 

年齢制限ギリギリで選ばれたメンバーとしては、キャプテン、井口が頭に浮かびます。共に抜群のキャラクター(人間性)を持った人材であり、グループには欠かせないメンバーです。

 

なので、これまたひっじょーーーーーに気になるのです。

 

約2年半の時を経て、ついに来た!といってもいいのかもしれません。

 

これが長いのか短いのかは受けて次第ですが、個人的には待ちに待っていただけに長かったように感じます。

 

がしかし、客観的に見れば適当な時間だったとも思われます。

 

 

 

まりぃが、花開きましたね!

 

まだ次週の続きがあるので、見切り発車となりますが、それでも私は興奮しています。

 

それは、以前から心配していることに起因します。

3期生は、ひなのの快進撃以降、主立った活躍(ひなあい内)がありませんでした。ただ、これもまた受けて次第になりますが…、決定的な場面は無かったのではないかと思われます。

 

それ故に、3期生の活躍は限定的なものになってしまっており、所謂下剋上なるものは見受けられませんでした。

 

それは、”ひなあい”の影響力の大きさから、無視できないものでは無いでしょうか。

 

 

 

ただ、3期生はその全体数の特異性から、独特の良い雰囲気を醸し出し、それがユニークポイントになりつつあるとも感じます。人数が少ない故に、会話する機会も増えるでしょうし、互いを知る場面も当然増えるはずです。

 

しかし、先輩リスペクトの影響からなのか、恥ずかしいからなのか、自身からの積極的なアプローチが今まであまり見受けられませんでした。

 

潮目としては、懺悔会あたりでしょうか。

彼女が、ぶっ飛びエピソード(後日盛ってたことが判明)を投げ込んできたことと、その後の罰ゲームの下り、セリフまで台本で書いてあるのかはわかりませんが、明確にまりぃの魅力が光り始めてきた気がするのです。

 

そして、今回まりぃ単体の出番で尺も長めです。

これはアンケートが採用されたということでしょうし、また、週またぎにされたのは、所謂”引き”の力を持っていると制作側に認められた事でもあるはずです。

 

さらに、春日イジリも有って流れに厚みがあります。若林さんも比較的自由に泳がして楽しんでいる様に見えます。

 

また、内容は相変わらずぶっ飛んでて、ツッコミ所も多数あり、それにより周りを巻き込み面白い内容になっているのも重要です。

 

 

 

原因を推測するのは多少野暮ですが、4期生加入が現実的に感じられたことも関係あるんでしょうか。どの世界でもそうですが、下からの突き上げというのは脅威ですので。

 

また、バラエティ能力というのはその人の経験値によるものが大きいでしょうから、ある程度の時間は必要だったとも思います。特に十代の若者にとっては大変な事でしょう。

 

ともあれ、これだけ私が興奮しているのは確かな理由があります。

 

それは、日向坂の世代交代についてです。

それには、バラエティ面での新世代の台頭が絶対的に必要不可欠だからです。

 

確かにひなのは居ますが、彼女は明らかに受動的タイプですので、それとは別の能動的タイプが必要だと考えらえます。それを4期生登場までに見ることが出来たのは嬉しいことなのです。

 

それでもたどたどしい部分はあり、開いたとはいえ六分咲きくらいでしょう。

しかし、それは伸びしろなので、肯定的な見方となります。とにかく、彼女の可能性を見れたことが大事なのです。

 

 

今後のまりぃが、さらに楽しみになりました。