職場のパートさんたちとお昼を食べながら、母の手術のことや父のことなどを話していたのだけれど、なぜ自分が両親の面倒をみなければいけないかというくだりになって、「兄姉はいるけど、両親とは別居しているから自分が両親の面倒をみなければいけない」というふうに嘘をついてしまうことがあった。

どうしてありのままに言えないのか…を内省していくと、

姉が視覚障害者であったり、兄がニートであることに対するひけめ、恥ずかしさ…

彼らや両親のだめな部分、変わってほしいのに変わってくれない彼等を受け入れられない気持ちがあるのだと思う。



なぜ隠すのか??




それは結局そういう家族を持っている自分を、他者に受け入れて貰える自信が無いからなのではないか


もっといえば、自分自身が「家族を変えられないと思っている自分の事を受け入れていない」状態を表しているのではないか?


妻と結婚したのは、そんな後ろめたさを持った自分でも愛してくれる女性だと感じたから、彼女も家族との関係で苦しんだから、

理解してくれるから、受け入れてくれるから…

お互いが、藁をつかんだような流れの中で、おぼれないように無我夢中だっただけなのかもしれない…


でも今、実家に戻らざるえない状況の中、社会にでて大人になった自分には、両親や兄姉、姉を具体的に支えコントロールできる力があるのを実感している


妻との生活で与えてもらった生活の質の向上、清潔で整頓された環境の作り方、それらが家族と環境を変える力と感性を自分にもたらしてくれているのを実感する


ここから始め、変えていくしかない。


クノタチホさんのブログを読みながらそんなことを考えた。


https://ameblo.jp/gender-x/entry-12548724476.html