2021年3月4日。

忘れられないこの思いを、書いておくことにする。


4時半頃仕事場の電話☎️が鳴った。

T君がとったその電話は、警察👮‍♀️からだった。

どうやら、相方をご指名だ。


1月31日に帰国して、本日3月4日の10時45分フライト✈️予定なので、たまたま、家にいた相方。

ビックリするような偶然で、家にいた。


電話📞を持って、相方に渡した。

用件は、すぐに終わるだろうと、そのまま待った。


こちら側の言葉しか聞きとれないが、どうやら、生き別れになった父親のことだというのが、わかった。🤔10年位前にも、今回の警察管内の市役所から手紙✉️がきていたことは、忘れられない…。

結婚当初から、実父のことには、触れないようにしていたので、詳しくは分からない。

ただ、電話を持っていない方の手がかすかに、震えているように見えた。滝汗


会話には、自分は、今日、アメリカに帰るが、妻は日本にいるので、市役所からの連絡は、妻にお願いしますと…滝汗


         重い…滝汗



そう、今日❓相方の実父がアパートで、亡くなっていたらしい。詳細は、聞いていないが、40年も、音信不通の相方にどうして、連絡がくるのだろうか?

相方の前にも、異母兄がいるはずだし、さらには、その後にも、結婚していたかはわからないが、相手が、いたらしい。左矢印今日、初めて知りました。滝汗



警察官には、そちらで、火葬してくださいとお願いしたらしい。

相方は、婿としてアブヤ姓になっており、どういう経緯で、連絡がきたのか不思議だ。🤔

警察からは、今後、市役所の方からそちらに連絡が行くかもしれないと言われたらしいが、自分は日本にいないので、妻に伝えてくれとなった。滝汗


まるで、刑事ドラマのような話。




相方は、私に、あんなだらしない奴(父親)は、無縁仏にでもなれば良いと前から言っていたが、本当になりそうだ。真顔



ただ、このタイミングで、亡くなったという連絡は、死者(実父)が、何かを伝えたかったようで、考え深いものがある。



    合掌



これから、再び、仕事で渡米しなければならないタイミングの電話は、あまりにもドラマチック過ぎたと思う。


1年1ヶ月ぶりに、日本に帰って来て、コロナ禍の中、再びアメリカ🇺🇸に向かう相方を、もっと、

気持ち良く送り出してやりたかった。



重い出発だ。