楽しめる方法があるのではないかと、少し違った角度から試行錯誤してみたところ、とても納得がいき、無駄なく楽しむことが出来たように思います。



どんな事柄にせよ、見方は常に最低2通りは存在していると私は思うのであります。



どちらをとるかは、自分次第。



空気を読まなければならない場合も存在するかもしれません。



己がどうなりたいかを頭に置きつつ、何歩か先まで計算したうえで結論を出す。



間違えない保証はありませんが、できれば、一番初めに感じたことを信じてあげるのがいいかと。



その気持ちも、『こっちだ!』なのか『これだけは嫌』なのか、2通り。



もし何も感じなかったときは、多分本当にどうでもいいことなのでしょう。



そういうときは、『とりあえず放置』もしくは、『とにかくやってみる』の2通りですが、もし、『やる場合』は、迷いを全て捨てて本気で向き合わなければ、『やらない』以下の結果しか生まれないでしょう。





だんだん何の話かわからなくなってきました。




言いたかったことは、自分をコントロールしているのは、己だということ。


なりたいと思ったものにしか、成れないということは逆に、なりたくないと思わなければ、なりたくないものに成ってしまうかもしれないということ。





シンプルに考えるようにして、答えを1つ1つ、見付けてゆけたらいいですね。




おわり。