悩みがある時、よくネットで目にする「あなたは守られているから、結局は大丈夫」「大丈夫」「結局大丈夫」などという言葉。確かにそうかもしれない。ものすごく苦しくても、死にたくなるほど辛くても自分で死を実行しない限り生きていられたりする。
「結局大丈夫」。
自分は辛いだけで生きていても、周りが犠牲になっていることもある。
「結局大丈夫」。それは、ただの甘やかしの言葉。励ましの言葉。

本人自身が行動せねば何もならない。

例え周りに愚痴らずとも、どれほどの負のエネルギーが自分から出ているか。出す自分はいいかもしれない。周りはどうか?周りの人の機嫌は考えてもその人の問題だから考えなくていいという意見もあるが、それは違う気がする。例えば、自分の周りで悲しんだり、怒ってる人がいるとその人が何も言わなくても表情わ雰囲気で感じ取れないものだろうか?
そんなに他人の気持ちを感じないように過して、自分のメンタルだけ大事にするようでいいのだろうか。

人に言いたいことを言えずに我慢してしまう人に対して、親との関係が問題だという人達もいる。分からなくもない。幼い頃から親や周りの大人達とどう過ごしてきたかの影響はあると思う。しかし、自分が大人になった今、過去の親のやり方を否定したくなったとしても、それを直接伝える事が救いになるのか。さんざん、周りに自分を否定されてきた人間からしたら、過去の嫌だったことを伝えたとしてもその後に相手の気持ちを考えてまた違う辛さ、悲しみ、後悔を持つこともある。相手を傷つけてしまった、悲しませてしまった。そういう場合もある。

もちろん本音を言い合って関係が良くなる場合もあるだろう。