銀座でハッピー食事券!AKB48もPRに♪
今日も銀座から!
本日の、8月20日、
数寄屋橋公園(中央区銀座5-1-1)で
東京都中央区の飲食店と「AKB48」の3人による
「ハッピー食事券」のPRイベントが開催されました。
東京都中央区では8月22日から8月31日まで
「ハッピー食事券」の購入申し込みを受け付けるが、
この「ハッピー食事券」のPRをするため、
数寄屋橋公園で飲食店約50店の従業員おそよ100人と
「ハッピー隊」に任命された「AKB48」の「チーム4」に所属する
竹内美宥さん、
中村麻里子さん、
島田晴香さんの
3人のが「がんばろう中央区!」をアピールして、
東日本大震災による被災地の復興を支援して募金活動も
行われた。
「ハッピー食事券」は
中央区内共通飲食券事業実行委員会が主催するもので、
中央区が補助金を出して1冊1万円の販売価格ながら、
中央区内の参加しているレストランで飲食すると
1万2000円分使える食事券(20パーセントのプレミアム)だ。
中央区では過去に
中央区内共通買物券(「ハッピー買物券」でプレミアムが10パーセント)を
発行しており、
2011年に発行した「ハッピー買物券」も5億5000万円分を
3時間程度で完売するという人気になっている。
今回は、3月11日に発生した東日本大震災以降、
中央区の飲食業の売り上げが「激減し」ていることから、
「厳しい状況に対応するため」、
今回初めて飲食店のみを対象とした20パーセントのプレミアムの付いた
「ハッピー食事券」を発行することにした。
現在、参加して、使える店は
つばめグリル銀座コア店、
日本料理屋ゆかり、
玄冶店浜田家、
日本橋たいめいけん、
つきぢ田村などおよそ500店で、
9月中には1000店舗になる見通し。
「ハッピー食事券」は8月22日から8月31日までに(消印有効)。
郵便はがきで
〒100-8622
郵便事業株式会社 銀座支店 私書箱887号
中央区内共通飲食券事業実行委員会事務局
へお申し込みください。
当選者は
10月1日から10月9日まで中央区役所別館6階A会議室で
本人を確認できる身分証明書などを持参の上、
当選通知と引き換えに1人5冊(5万円)まで購入できる。
10月11日以降になると中央区商工観光課窓口で先着順に販売する。
使えるのは10月1日から2012年2月29日まで。
つり銭や払い戻しはできない。
つり銭が発生した場合は、同額を被災地への義援金として募金箱に寄付する形になる。
銀座で、揚げたての「もずく天ぷら」!「ゴーヤ天ぷらも」♪
今日も銀座から!
本日の、8月19日、
銀座わしたショップ(中央区銀座1-3-9 実業之日本社銀座ビル1階)が
リニューアルオープンしました。
今回のリニューアルオープンは3年ぶりで、
店内奥に沖縄の海辺のパーラーをイメージした「島風」を設置し、
その脇に壁際に向けて高いテーブルと5脚のイスを置いて、
最近、沖縄で話題を集めているもずくを使った「沖縄産もずく天ぷら」など
揚げ立ての天ぷらを販売し、その場で食べられる。
「沖縄産もずく天ぷら」のほかに白身魚のシイラを使った「さかな天ぷら」や
「いかの天ぷら」「ゴーヤ天ぷら」もある。1個90円。
店内では沖縄そばも販売しており、希望すると、
沖縄そばに天ぷらを乗せて味わうこともできる。
わしたショップに対する調査では「つくりたて、生で食べたい」や
「沖縄の銘菓や名品を食べたい」という要望が強く、
今回の天ぷらのイートインにつながったという。
銀座わしたショップでは現在、
ソフトクリームや沖縄風ドーナッツ(サーターアンダーギー)が店内で食べられる。
沖縄のてんぷらは衣が厚く、その衣にもダシや塩味がついてあり、
何もつけずに、お菓子感覚で気軽に「おやつ」として食べられている。
リニューアルオープンを記念して、
銀座わしたショップでは8月19日から8月28日まで
店内のほとんどの商品を5パーセント引きで販売し、
抽選会も開く。
また、
明日も「2011ミス沖縄コバルトブルー」の比嘉章祐子さんが来場して
それぞれ先着150人に黒糖やシーサーのクラフトを配る予定。
比嘉章祐子
沖縄県名護市生まれ。
現在24歳で、大学院に在籍している。
2010年には第36代名護さくらの女王に選ばれている。
銀座でアイヌ!風の肖像♪
今日も銀座から!
本日の、8月17日に、
銀座ニコンサロン(中央区銀座7-10-1)で、
宇井真紀子さんによる「アイヌ、風の肖像」が
8月30日まで開催されている。
開場時間は10時から19時(最終日は16時)、入場は無料。
写真家の宇井真紀子さんが
2011年5月10日に写真集「アイヌ、風の肖像」を刊行したのを記念して、
写真集から選んだ作品カラー20点、白黒30点を展示する。
宇井真紀子さんは北海道の二風谷(にぶたに)で暮らすアイヌの女性、
アシリレラ(日本名、山道康子=やまもち・やすこ)さんを中心に、
伝統的な茅ぶきのチセ(家)で、
アイヌ文化を学びながら共同生活を送る人びとを
1992年から約20年間にわたり、娘を連れて東京と二風谷を往復し、
家族のように傍らで暮らしながら撮影してきた。
写真集「アイヌ、風の肖像」は宇井真紀子さんが
「人間の力のおよばない存在」を感じることで、
人は謙虚に生きられると受け止め、
アシリレラさんたちと共に過ごした日々から自らの心にしみてきた思いや
世界観を表現した作品集だ。
アシリレラさんは北海道の二風谷で生まれ、
父親から山で薬草や毒草、食草の見分け方、山菜や木の実について学び、
母親からはそれらの保存方法や料理の仕方、薬草のせんじ方、桜やこぶし、
桃の木の枝を水に漬けておくと毒素を吸い取って浄化してくれる、といったことを学んだ。
また、男の仕事であるチセ(かやぶきの竪穴式の家)の造り方も父親から学んだ。
結婚して子どもをもつが、旦那さんを事故で亡くし、
28歳の時に二風谷で土産物屋をはじめるも、10年後に閉店し、
1991年ころに「山道アイヌ語学校」を設立し、
1984年から建設がはじめられてきた二風谷ダムの反対運動を展開するも、
1997年に二風谷ダムが完成した。
現在、10人以上の子どもを養子にして共同で生活している。
世間からはシャーマン、女性祈祷師、活動家、学校の先生ともいわれている。
アイヌは日本とロシアにまたがる北方先住民族で、
中世以降、日本人はアイヌを蝦夷(えみし)、北海道を蝦夷地(えぞち)と称してきた。
アイヌの歴史はアイヌ文化の成立をはじめとするが、
アイヌ文化は文字を持たなかったため、文献史料が十分ではなく、
北海道、樺太で13世紀に成立したと考えられている。
17世紀に松前藩が日本の漁場として北海道の開拓をはじめ、
19世紀には和風化政策がとられ、
1854年の日露和親条約締結により北海道が日本領、
得撫島以北の千島列島がロシア領に決められた。
1875年にロシアとの間で樺太千島交換条約が締結され、
樺太をロシア領、千島列島全域を日本領とされ、
1878年に開拓使がアイヌの呼称を「旧土人」で統一し、
これ以降さまざまな禁止政策をとり、
1905年に日露戦争に日本が勝利し、ポーツマス条約により、
樺太の南半分が日本に返還され、
1875年に北海道に移住した樺太アイヌのうち336人が故郷に戻った。
しかし、1945年に旧ソ連により樺太と千島が占領された。
一方、二風谷ダムの建設途中で「二風谷ダム建設指し止め訴訟」が起こり、
1997年に裁判で原告の訴えが棄却されたものの、
アイヌ民族を国の機関としては初めて先住民族として認め、
裁判費用も国と北海道収用委員会が負担した。
同年に「アイヌ文化振興法」が成立され、「北海道旧土人保護法」が廃止され、
さらに、2008年にアイヌを先住民族として認める国会決議が
衆参両院とも全会一致で可決された。
宇井真紀子
1960年千葉県生まれ。
1983年に武蔵野美術大学を卒業、
1985年に日本写真芸術専門学校を卒業、
フリーの写真家として活動をはじめ、
1992年よりアイヌ民族を子連れで取材し、
2004年まで取材した記録をまとめた「アシリ・レラ:アイヌ スピリッツ」で、
第4回さがみはら写真新人奨励賞を受賞している。
現在、
日本写真家協会会員、
日本写真芸術専門学校講師、
武蔵野美術大学非常勤講師。
