2025年大晦日、最後の浄化。
さっき起こったので記しておく。
それはわたしがお歳暮のお菓子で好きなのを選んだとき、父が「それラストだよね」
と言ってきた。
またか。
欲しいとか、なんとか言えばまだいいのに。
こっちの善意に載っかって、自分の主張をはっきりせずに、空気だけで圧をかけてくるんだ。
わたしは少しイライラしながら、
あげたほうが、喜びがふえるよね ?
少し迷って
結局一欠片ちぎって、父に雑にあげた。
そのあとだった。
すごくすごく腹が立って。
だって。
だっていつもそう。
頼まれてもないのに、また空気を読んで先に動いてしまった。
あげたくないのに!
わたしが食べたいのに!
欲しければ自分から動けばいいのに!
食べたいなら食べたいって言えばいいのに!
そのとき、脳内に映像が流れる。
まだハイハイしているくらいの妹に、おもちゃを譲るわたしだ。
同じ気持ちだ。同じ痛みだ。
同じ苦しみだ。
あげたくないのに!!!!!
あのときの感覚
あぁ。
そうか。本当は、あげたくなかった。
そうだよね、あげたくなかったんだよね。
そうだよ、
わたしは、ずーっと、そうしてきたんだ。
自分の気持ちより先に、譲るように、自動でそうなるように。
気持ちなんか観てたら出来ないもんね。
ごめんね。
本当は、欲しかったんだよね。
本当はあげたくなかったんだよね。
ごめんね。
自分の気持ち、無視しなきゃいけなかったんだよね。そうしないと場が収まらなかったんだもんね。
そうやってきたら、いつの間にか、わたしのこと誰も理解してくれてない。我慢してることもわかってもらえてない。
誰も信頼できない。
そんな世界をつくった原因、
これだったんだね。
だけどわたし、もういま!
自分の気持ち、ちゃんと捉えることが出来たね。
あとは次こんなことが起きたら、立ち止まって、「本当にあげたいの?」
そう聞けばいいね。
これだね!
父は、明らかに投影を演じてくれている。
父が最近どうも昔の妹の言動に似てるのは、わたしのこういう昔の傷に気がつくために、わざわざそうなってくれてるのかも、と思う。
そう思うとありがたいよね。
さすが、家族。見えない世界でちゃんと約束してたんだろうな。