人臣で初めて皇后位についたのは、聖武天皇の皇后の光明子(安宿媛)だと言われてる
かの藤原不比等と橘三千代の間に生まれた姫なんだけど、じゃあ、逆に言えば、それまでの皇后は皆、いくばくか皇家の血を引いているという事になる

という事で、光明皇后以前の皇后である神功皇后もまた、事実かどうかはいったん横に置いといて、皇族出身という事になる

この方、何せ人を超越したいろんな伝説がある

①実は卑弥呼であるという説
②お母さんは自称新羅の王子、天日槍の末裔と言われる葛城高ぬか(桑の右に頁と書く)媛
③それでありながら父祖の地である韓国に三韓征伐に行っている
しかもその時彼女は産月近い身重な状態
臨月のお腹抱えて参戦って、どんだけ⁉️
④日本武尊のお子である仲哀天皇の皇后となって応神天皇をお生みになるのだけど、伝説では戦とお産が重ならないように石をお腹にあててお産を遅らせたって言われてる
⑤応神天皇は仲哀天皇の崩御からジャスト十月十日で生まれてて、本当の父親は誰❓って事で諸説ある
⑥我が子を皇位につけるために、それ以前に嫡子とみなされていた夫君の皇子を弑した

まだまだいろいろあるのだけど、良し悪しは埒の外として、実に大胆でダイナミック
(よければ調べてみてください)

その神功皇后と仲哀天皇の関係が以下⬇️となります
ご覧の通り、本当のところはさておき、史誌によれば父方ではどちらも開化天皇の流れを汲んでいることになるんだけど、一つ見て取れるのは皇統の流れが変わってない❓って事なんだけど、今夜はこの辺りで💦




天神さま🟰菅原道真から

遠ざかり

安倍晴明に逃げて

そこから更に逃げて

こぼれ話が続き

こぼれ話はもうポロポロポロポロこぼれっぱなし💦


ここまできたらもう


開きなおる‼️


しばらく天神さまとの冷却期間💦



で、歴史上の人物の中で

実は女性のほうが気にかかるのは、やっぱり自分が女性だからなのか❓


幾人かの気になる女性は

決しておとなしやかな方ではなくて、どちらかというとクセ強めかも💦


そんな女性たちの1人が神功皇后


この方、実存に疑義のある方でありながら、日本のお札で初めて肖像画が印刷された方


そして、九州にはこの方にまつわる伝説が本当にたくさんあって興味深い

この方の母君は新羅系とも言われていて、そうすると、地理的に近い九州にいろんな伝承があるのも不思議じゃない


実存は❓ではあるけど、それらしき誰かがおわしたのではないか❓って思ってて、古代のはなはだ不確実なものではあるし、例によって書物によって、多少の違いもあったりするけど

その伝説の系図を明日から挙げてみようと思う




昨日、クイズの答えを書きましたが

訂正したい点があります


応神天皇と仁徳天皇ですが、この二方、ちゃんと今上陛下に繋がってます

(もちろん、古代の事であり、書物によって、多少の違いや客観的に疑問な点もあるのですが、正史の上では繋がってます)


なぜこんな間違いを犯したかというと、頭の中で仁徳天皇の男系は絶えて、継体天皇が傍から入ったという思い込みです

本当に恥ずかしいです

今更ながら、歴史に関わるご教示をいただいた方に言われてた、表に出す前に10回は検証しろって言葉を思い出した次第です


そして、なぜそこに気づいたかというと

のりちゃんです🙏

読んで下さったのりちゃんが、コメント下さって、そこで、あっ😓と思い出したんです


そうだった‼️

継体天皇の皇后は仁徳天皇の血を引いていたし、継体天皇も応神天皇の末裔と言われてた😱


そこで急遽、ざっくり書いてみました



で、改めて誤認に気づいた次第です


きっと、のりちゃんはすぐに気づいて

そして、私が落ち込まないように、やんわりコメントして下さったんだと思います


訂正してお詫び申し上げると共に

誤認に気付かせてくださったのりちゃんに感謝します

ありがとうございます


あと、ついでに

天武天皇は女系で今上陛下に繋がってます

男系では淳仁天皇までです

後々、天武天皇の末裔、つまり女系の血が天智天皇系の天皇に入っていくので、結果的には両方の血が今上陛下に繋がります

で、じゃあ、天武天皇の女系って❓っていうところですが、それが⬇️




ラインマーカーで囲んだ方々の子孫がいろんな血を交えながら陛下に伝わっていくのですが、具体的なところは追々


ただ、この中で興味深いのが額田王の血も伝わっているという点

淡海三船なんですが

この方、懐風藻の選者とも言われている人で、文人として名高く、額田王の血を引くのも頷けます


額田王は、あれです


あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君がそでふる


天智天皇と天武天皇との三角関係にあった事で有名な人




とにかく急いで訂正したくて、ガーッと書きました


今後気をつけていきますが、古い時代ほど、いろんな説があってモヤっとしてます

例えば、古事記と日本書紀では、登場人物の関係性や表記の仕方が微妙に違っていたり、他の書物についても、そういう点はあるようです

異説があったりするわけです


それよりも、知らない事の方が多くて、まだまだ検証過程です

なので、違うんじゃない❓

とか、こんな説もあるよ、とか

そういう事があれば教えてくださいますよう、改めてお願いいたします


今夜も読んでいただいてありがとうございました🙏