〜エピローグ〜
『もしもし、聞こえてますか?私は今、黒色無地の何もない所から、貴方へ発信しているところです。聞こえていたら、返事を下さい。あなたの声を待っています。どうか、どうか無事で。無事に小さな瞳を開けて下さい。せめて、せめて声だけでも聞かせて下さい。お願いします…お願いします…』
出した。出し切った。頭の血管がはちきれんばかりに、股が左右に引き裂かれる程に、滝のような汗と涙を轟々とながして、私は今、ベッドに横たわったまま、毛布を鷲掴んで、息を荒く小児科の病室に響かせている。
大袈裟に感じるかもしれないが、助産師の「おめでとうございます」なんて、耳にも届かない程、私は目の前は真っ暗で、キンと耳鳴りがとめどなく鳴り響いたままだ。
そんな耳にもしっかりと響いたのは彼の泣き声だ。
良かった。しっかりと返事を返してくれたと、十月十日の中で彼と初めて共鳴出来たのが、この時だった。
助産師さんが「立派な男の子ですよ」と、私の横に彼を寝かせると、彼のふやけた顔が、私の視界全体に帯びた。
それで一気に緊張の糸が解れたせいか、やっと私の顔も綻びた。
周りを見ても彼しか居ない。母も父も、旦那と呼べる人も居ない。
私の家族は彼だけだ。もう彼しか居ない。そう、決めていた。
決めていたのだけど。
「…お母さん、お子さんは順調に育ってますよ。だけど、少しだけ、脳波の検査を続けた方が良さそうです。なに、心配には及びません」
子供の周期検査の時に言われた先生の言葉がソレだった。
脳波の検査が必要な程、発達に障害があるのかと疑わしくなるような事を、さもさも問題が無いように言う先生のソレがどうも気に食わない。
だから私もソレと無く、踏み入って聞いてみた。
「それってどう言う意味ですか?」と。
すると先生は、にこやかにこう言った。
「そう言う意味です」と。
「だからどう言う意味だよ!」
彼をおくるみに抱きながらも、椅子を蹴りあげ、怒鳴り散らすも、先生はまだにこやかに、彼に指をさしながらこう言った。
「そう言う意味です」と。