以前、障害者支援施設で、生活支援員を
していた際の、昼休み。
昼食後の散歩で、ある利用者さんと
二人っきりの時に、突然、このタイトルの
セリフを言われました。
その施設は、色々なサービス施設のある
大きな組織でしたが、共通していたのは
利用者さんを、“仲間”と、表現するところ。
なので、彼の質問は、「あなたは、利用者?
それとも職員?」 という問いなのかな?
と、一瞬考えましたが、彼には知的障害は
あるものの、その違いを理解していないとは
思えなかったので、
「うん。仲間だよ。一緒に仕事をしたり、
イベントも含めて、日常を過ごす仲間。
職員と利用者の違いはあるし、私が職員として
仕事を教えたりもするけど、◯◯さんの
方が、私より年上で、この施設での生活も、
長い先輩だから、私が教わる事もたくさんある。
教えたり、教えられたり、支えあいながら
一緒に生活する仲間だよ。」
と、答えました。すると、ニコニコして
「ふふん♪」と、ご機嫌になりながら
さりげなく、私のおしりを触ろうとする
ので、それはダメだよと声かけしながら
その手を触る前にキャッチして、そのまま
散歩を続け、施設に戻りました。
私の返事は、正解だったのかなぁ?さっきの
リアクションを見る限り正解?と思いつつ。
その後、しばらくして、ほぼ同じ年で、
同期に近い感じの、先輩職員から、
職員同士の飲み会の際に、同じ質問を
同じ人にされていた事がわかり、しかも
彼女は、「え?わかっていると、思っていたけど、
私が、職員じゃなくて、利用者だと
思っているの?」
と思いつつ、同じ質問に、
「違うよ。私は職員で、◯◯さんは、利用者。
だから、仲間ではないよ。」
と、言ったそう。
すると、彼の怒った時の表現である
地団駄を踏みながら
「だからダメなんだよ。バカ□□!」
と言って、その職員の名前を、普段は□□さんと
いう感じに、さん付けで呼ぶのに、
その時ばかりは、呼び捨てにして、同じ
散歩中だったのを、早々に切り上げて、
不機嫌そうに、施設のドアを叩きつける様に
閉めて、去っていってしまったそうです。
私が、同じ質問をされて、した答えを話すと、
「それが正解だったのか~。」
と、□□さんは、嘆いていました。
そんな事から、彼は、職員の差別意識の様な
ものを、彼なりの言葉で、見極めようとして
いる事がわかりました。
そのような事を、私はあれから10年ほど経つ
今も、“仲間”という言葉を見聞きする度に
今の時期の様に、外が心地好く、
散歩日和になる度に思い出し、
初心を思い出す良いきっかけになっています。
していた際の、昼休み。
昼食後の散歩で、ある利用者さんと
二人っきりの時に、突然、このタイトルの
セリフを言われました。
その施設は、色々なサービス施設のある
大きな組織でしたが、共通していたのは
利用者さんを、“仲間”と、表現するところ。
なので、彼の質問は、「あなたは、利用者?
それとも職員?」 という問いなのかな?
と、一瞬考えましたが、彼には知的障害は
あるものの、その違いを理解していないとは
思えなかったので、
「うん。仲間だよ。一緒に仕事をしたり、
イベントも含めて、日常を過ごす仲間。
職員と利用者の違いはあるし、私が職員として
仕事を教えたりもするけど、◯◯さんの
方が、私より年上で、この施設での生活も、
長い先輩だから、私が教わる事もたくさんある。
教えたり、教えられたり、支えあいながら
一緒に生活する仲間だよ。」
と、答えました。すると、ニコニコして
「ふふん♪」と、ご機嫌になりながら
さりげなく、私のおしりを触ろうとする
ので、それはダメだよと声かけしながら
その手を触る前にキャッチして、そのまま
散歩を続け、施設に戻りました。
私の返事は、正解だったのかなぁ?さっきの
リアクションを見る限り正解?と思いつつ。
その後、しばらくして、ほぼ同じ年で、
同期に近い感じの、先輩職員から、
職員同士の飲み会の際に、同じ質問を
同じ人にされていた事がわかり、しかも
彼女は、「え?わかっていると、思っていたけど、
私が、職員じゃなくて、利用者だと
思っているの?」
と思いつつ、同じ質問に、
「違うよ。私は職員で、◯◯さんは、利用者。
だから、仲間ではないよ。」
と、言ったそう。
すると、彼の怒った時の表現である
地団駄を踏みながら
「だからダメなんだよ。バカ□□!」
と言って、その職員の名前を、普段は□□さんと
いう感じに、さん付けで呼ぶのに、
その時ばかりは、呼び捨てにして、同じ
散歩中だったのを、早々に切り上げて、
不機嫌そうに、施設のドアを叩きつける様に
閉めて、去っていってしまったそうです。
私が、同じ質問をされて、した答えを話すと、
「それが正解だったのか~。」
と、□□さんは、嘆いていました。
そんな事から、彼は、職員の差別意識の様な
ものを、彼なりの言葉で、見極めようとして
いる事がわかりました。
そのような事を、私はあれから10年ほど経つ
今も、“仲間”という言葉を見聞きする度に
今の時期の様に、外が心地好く、
散歩日和になる度に思い出し、
初心を思い出す良いきっかけになっています。