それは本当の私なのかも。
自分だと思っていた自分と、本当の自分。
時には気が遠くなるくらいの、途方に暮れそうなくらいの距離を感じる。
なんか、、、私結構重症なのかも?
体が拒否する事が増えて来た。
その理由は今はまだわからなくて苦しくなるけど、これも課程だから仕方ないのかな。
たくさーんたくさーん自分に嘘ついて来たんだね。
普通になりたくて、普通になりたくて。
うすうす気付いていたけど、私かなり変わってるんだな。そんな自分も水面下では大好きなのだ。
でも水面上ではマジョリティに入りたくて仕方ない。安心安全を求めてる。めっちゃ怖がり。
怖がりな心の隙間に気づかないうちに「〜すべき」がたくさん入り込んだ。
最近「べきべき」への体の拒否反応がすごい。
すぐ怒りに変わっちゃう。
娘の1歳6ヶ月検診もかなりのべきべき度だった。
歯の磨き方ちゃんと出来ていますか?あらっ大変!虫歯ぽいですよ!
階段登っちゃう時は後ろからついて行っていますか?
育児は誰かに相談できますか?相談できるのは祖母って書いてあるけどママ方?パパ方?
おやつはお菓子か果物って書いてあるけど、どっち?お菓子の方が多いんじゃない?
以前だったら。はいはいって真面目に聞けていた事にムカムカ。心の中では「うるせーな!」。
きっとこれも私がどう受け止めるかだけなんだな。今は怒りだけど本当の自分になれた時、自分のために生きて心底自分を大事に出来た時、べきべきへの感じ方変わるんだろうな。
それは今の私の夢だな。自分を大事に出来た時、どんな風に感じるんだろうって。
○旦那に話を聞いてもらえなくて激怒してしまう件。
親に話を聞いてもらえなかったから案は当たっていたと思いますが、その先にあるものに気づきました。
私三下り半をつきつけて欲しかったみたいです、、、
私の求めている流れ。
↓
私「私なんか役立たずで居なきゃいいんでしょ⁉︎」
↓
旦那「ほんとだよ!お前なんかと結婚しなきゃよかったよ!出来損ないめ!」
↓
私「そーかいそーかい!どうせ私は出来損ないだよ!じゃあ出てってやるよ!」
これが、私の求めているものなんですよ
求めているシナリオコント。
思い返してみても子供の頃からこんな感じの事をやっていた気がします。
「私上手にできないんだよ!私に期待しないでよ!ってか私やりたくないんだよ!私自由になりたいんだよ!やりたくない事やりたくないんだよ!風のように生きていたいんだよ!」って本当は言いたい。
勝手に期待を背負い、勝手に自爆してしまうという私。
多分旦那から三下り半をもらいたいのは家事全般について。
母になり、マイホームも買い、今までのらりくらりやってきた夫婦間が変わってきた。
私は母として、妻としてを一生懸命頑張らなきゃってなって。
だけど辛くて、、、
もう勘弁してください、どうか三下り半を下さい!!!
なのです。
自分からべきべきステージを降りられない私。
ダメな自分を可愛がってあげられないんだな。
この流れに気づいた時に、自分は不器用でうまく出来ないのわかっていたはずなのに、まだ器用さを求めていたんだなと。
自分で自分をわかってあげないなんて悲しかったね。
そもそも家事をやる事の理由の中に「自分の為」ってのがないんだな私。
私が家事をこなしたいのを諦めないのは、家事を充実させたいという「やりたい」があることにも気付いた。
もしかするとそれは、自分を大事にしたいって意味に変換できるのかもしれないな。
生活を大事にしたい。
食べ物、着る物、大事な自分はキレイな空間に居たい。とか。
家事も取り組む心の中身が大事なんだね。
前提って本当に大事。
めちゃめちゃ後者の私は沢山の事を考えるとすぐOSがバグっちゃう。
一点集中型の後者。
それを認め、踏まえた上でOSを動かせば良いのかもしれないな。
自分の為に家事をする。
そしたら何か変わると見えてきた気がする。
そして、目の前の事に集中する。
やりながらいろいろ他の事を考えない。
多くの事はやらない。
やりたい事をやりたいように。
家事にもルールとかない。
やりたいように、やりたくなければやらない。
客観的じゃなく、主観的に!主観的に!
あーやはり後者の私。
長文書いているとだんだん主題からずれてきてよくわからなくなる
だから、終了!

