A→o
有人零畝
鈴虫
時間
30分
テーマ
『犯罪者』『黄金』『アルパカ』
タイトル
黄金郷
「なあ爺さん、この先で本当に大丈夫なんだろうな!?」
男は前を歩いているはずの人影に向かって声を張り上げる。すると、靄の中から小柄な影が徐々に男の方へと近づいてきて、ついにはくっきりと目視できるところまで姿を現す。
「わしが信用できないか。なら今すぐ引き返すがよかろう。集落までなら送ってやらんこともないぞ」
低く静かに、それでいて頭の中にまで染み渡るような声で、目の前の老人は男に言う。アルパカの毛で編まれた民族衣装を身にまとったその老人は、小柄ながらがっしりした体格に身のこなしからか年齢を感じさせない。顔に刻まれた皺だけが生きてきた時間を感じさせる。
「すまない。そうじゃない、そうじゃないさ。文明とはかけ離れた場所を延々と歩いていたから、少し不安になっただけなんだ」
男は老人に軽く謝罪の意を示し、ガイドとしての仕事を促す。それに対して老人は特に意に介する様子もなく、無言で靄の中へと進んでいった。
南米ペルーの山中。標高は既に4000メートルを超え、これでもまだ全然低いという。そんな中を現地人を雇って歩く男は、ただマチュピチュを訪れて帰るだけの観光客とは違った。表向き学者として訪れ、所謂『インカの黄金』を探すトレジャーハンターであり、大金が要りようになった脛に傷持つ身であった。
ガイドとして雇った老人は、普段はアルパカを飼育しながら副業として地元のガイドをして生計をたてているということだった。
集落を出てから早二時間。道らしきものもない薄靄のかかった山中を迷うことなく進むガイドに、男はついていくのがやっとであった。これだけの標高の高さにまだ体が慣れきっていない男にとっては、普段の何倍もの疲労を感じる行程であった。
「あと、どれくらい、だ……」
息も絶え絶えに何度目かの問いを口にしたところで、男は靴底から伝わる感覚が急に変わったことに気づいた。
それまでの山道とは全く違う、滑らかな石の感触。
「ここじゃ」
徐々に晴れてきた靄の先には、舗装されていたであろう石畳に山中に埋もれた石の柱、そして何かが彫られているような模様の石碑と思しきものが見えてきた。老人は石碑の傍に立ちそれをわずかに見上げていた。
男は気力を振り絞って石碑のもとに辿り着くと、これはと老人に尋ねる。
「この石碑に描かれた絵はある重要な場所を指し示すものだと聞いておる、次のような言い伝えと共にな」
『神の黄金を狙う罪深きものより守るため、黄金をかの地に眠らせる。神と番人に認められし者にのみ道は示される』
淡々と語る老人の言葉に黄金という単語を聞き取った瞬間、男の目に活力が戻る。石碑に噛り付くようにその模様に手を這わせながら、次々に湧き出る疑問を老人にぶつける。
「かの地とは一体どこのことなんだ。それに、番人とはいったい……?」
興奮気味にまくしたてる男が老人の方へ顔を向けた瞬間。男の喉元を灼熱の感触と共に痛みが走り、息ができなくなった。
何が、と声に出したつもりが、ただゴボゴボと喉と口から血を噴き出しながら男は倒れ、しばらく痙攣したのち動かなくなった。
「場所はここではないどこか。番人とはわしのこと。そしておぬしは認められなかった。黄金を口にした時のおぬしの目は欲深き犯罪者のそれじゃったからの」
冷たく静かに、淡々と物言わぬ男を見下ろしながら告げる老人の右手には、血濡れの短剣が一振り握られていた。