足摺まで一挙に走り抜けたあの2時間・・・・。
それから、しばらくオートバイから離れてしまったが、
もう数年に販売になったようだ。
まず、W650
次に、W800
ネットでその雄姿を見て、YOUTUBEで、排気音を確認した。
蘇ってくるあの一体感・・・・。
・・・・・・・・・・・・決意した。
KAWASAKI W800買います。
2014年2月の雪は、すごかった。埼玉県入間市の様子だ。

今年の正月に高知へ帰ったときのことだ。見慣れた高知駅前の情景がどこか違う!
武智、竜馬、晋太郎の3像の真ん中の像がないことに気づいた。
真ん中というと、竜馬の像だ。
近づいてみると、これが、面白かった。
「竜馬はいま脱藩中です」
笑ったぁ・・・竜馬は、横浜へ遊びに行っちゅうと。
14日午前2時6分ごろ、愛媛で地震があった。瀬戸内海西部の伊予灘を震源とする強い地震だ。いよいよ南海地震か?と思ったが、そうではないという。
愛媛県西予市で震度5強、愛媛、高知、広島、山口、大分各県の広い範囲で震度5弱。
震源の深さは78キロ、マグニチュードは6.2。
津波の心配はなし。
昨年から新年にかけて、父の葬儀で高知へ帰省したが、海岸一帯は工事だらけだ。
たとえば、新居海岸の昔ながらの小ぶりの堤防は全部壊され、分厚い強力な堤防に改修中だ。故郷が変わりつつある。
こちらは、新居海岸。桂浜の方角を望む状況。道路の右側は、海岸で、かつて砂浜だったところ。

こちらは、同じく新居海岸で、宇佐方面への写真だ。道路の右手の奥には、白菊園が見える方角。道路の左には、かつての海岸に並んでいたテトラポットの面々が見える。

台風27号の影響で開催が心配されていた入間万燈祭りも、午後より雨が上がって、夜には、山車のひっかわせが行われました。
入間万燈祭りは、今年で35回目。
例年通り、ひっかわせは、産文(入間産業文化センター)前の交差点で行われました。下の写真はその一部です。





上の写真は、全部スマホで取ったものです。
スマホでも、フラッシュなしでこれだけの写真が取れます。
恐るべし、スマホ。
久しぶりに高知へ帰省の予定。
初日は、東京より新幹線で、そして、岡山から高知駅まで電車。
帰りは、この時期、とてもラッキーなことに、小田急バスの正規のバス(臨時バスではないと云う意味。臨時バスは、もういやですから!)が取れました。
帰省の初日は、8月9日。その夜は、高知市の花火。何年ぶりだろう。楽しみです。そして、翌日は、宇佐の花火。これも何年ぶりだろうか。
2夜連続で花火、と云うわけで、浅草の花火が中断した分、こちらで十分補えそうだ。
特に、宇佐の花火は、火の粉が降ってきそうな場所で見るのが最高ですよ!
久しぶりの帰省なので、高知の様子を探ろうと思い、高知県庁ホームページを見たら、ヘッドにいきなり、広末涼子の写真が・・・
こんな↓

広末涼子が「お兄ちゃん!」と呼んでくれる、たのしい動画付きです。
高知県は一つの家族「高知家」
だから、高知へひっこしてきいや!
歓迎するきね!っという下り。
興味のある方はこちらの高知県庁ホームページをごらん下さい。
にこやかな顔で広末涼子が迎えてくれますよ。
それから、こっちのサイトは、広末涼子主演の「高知家」のドラマへ直接行きます⇒http://www.kochike.pref.kochi.lg.jp/~top/
8月9日
これって、ほんとうかね?!まっこと!
産経新聞の報道記事を抜粋すると、政府の地震調査委員会は24日、南海トラフ(浅い海溝)のどこかでマグニチュード(M)8~9級の地震が30年以内に起きる確率は60~70%とする新 たな長期予測を公表した。
東海・東南海・南海の3地震の確率を個別に計算する従来の手法を見直し、トラフ全体を一元的に評価した。M9級の巨大地震の確率 は算出できないとした。
東海沖から九州東部沖にかけて延びる南海トラフではM8級の東海・東南海・南海地震が繰り返し起きている。
調査委はこれまで3地震の確率を個別に計算して きたが、過去のケースでは複数の震源域が連動するなど起き方は多様なため、最大級のM9級を含めトラフ全域の地震を一括して評価することにした。
30年以内の確率は今年1月時点で東海88%、東南海70~80%、南海60%とされており、東海・東南海の確率は見かけ上低くなるが、調査委の本蔵義守委員長は「切迫度が大きく変わったわけではなく、非常に高いことに変わりはない。減災に努めてほしい」と述べた。
新評価では正平地震(1361年)以降の6回の地震を分析。発生間隔(平均117年)や、約70年前の昭和東南海・南海地震の規模が比較的小さかったことから、次の地震が起きるまでの間隔を過去最短の88・2年と推定し、発生が迫っているとした。M9級は過去に起きた記録がないため確率は計算できないとしたが、発生頻度はM8級と比べて1桁以上低いとした。
以上、抜粋です。
私の実家は土佐市新居、土佐湾に面した海岸から100m以内のところにあります。
ほんとうに巨大津波が来るのか、来れば、あの防波堤を超えるのか?心配です。
かつて、1946年昭和21年、昭和南海地震と言われる、M8,0の地震が起きた。
この昭和南海地震では、地震発生直後に津波が発生。紀伊半島・四国・九州の太平洋側などに襲来。
地震や津波被害が激しかった地域は、中村市(現四万十市南部)、須崎市、高知市のほか、和歌山県串本町、海南市などであったそうな。
四万十市では、市街地の8割以上が地震動で生じた火災等により壊滅。
死者は、行方不明者を含めて1,443名(高知県679名、和歌山県269名、徳島県211名)、家屋全壊11,591戸、半壊23,487戸、流失1,451戸、焼失2,598戸。
私の実家は、築100年近くの古い家です。それに、台風に備えて、屋根瓦は漆喰で固めらているため、屋根が重く、地震には非常に不利なつくりです。
少年時代、震度3ぐらいの地震でも、非常に重々しくゆっさゆっさと揺れる家屋に、生きた心地がしなかった覚えがあります。そこには、今年93歳の父が、今も健在で、姉夫婦と共に住んでいます。
どうぞ、大きな地震がきませんように・・・
四万十市というと、以前の中村市と西土佐市が併合してできた市ですね。
中村市は、戦国時代に京都を模して作られた街で土佐京都と呼ばれるほど、碁盤の目が綺麗な街といわれています。
その街の唯一の商店街である天神橋商店街が、あのドラマのように、本当に寂れているのか調べてみました。
すると、その空き店舗の解消が進んでいるとのこと。
その解消の原因は、格安家賃で一定期間だけ出店できるチャレンジショップや、家賃の値下げなどが功を奏したようです。
ショックなのは、地域おこし協力隊隊長の藤井順一(桐谷健太)のお店、ふじい金物店が本当に四万十市にあるのか調べてみた結果、
本当でしょうか。
本当なら、まっこと残念です!