宮城県に住んでいます。状況はニュースの通りです。皆が厳しい状況です。ライフラインはストップしています。電気はやっと通じるようになりました。まぶしい明りに感謝しました。連続する街灯の明りを、両手ですくい取りたくなる程に、もったいないと感じました。世界の中で日本は無駄を出していると感じました。
極端な表現があるかも知れませんがお許しください。
首都圏の方で計画停電の情報が、こちらにも届いています。感謝もしています。
しかし、その一方で食糧増産をはかろうとしている工場が、その影響で障害になっているとも聞きます。良かれと思う気持ちと、立ち塞がる障害が混在となって、なかなか前に進まない、まるで今の日本を象徴しているかのように感じるのです。
今だからこそ、全ての方に問いかけたい事があります。
もし、愛する我が子が、愛する恋人が、愛する家族が、大切な誰かが、死に直面している時には、直感的にそして本能的に、そして物事の道理抜きに、目の前に立ち塞がる問題に対して、決死の覚悟で立ち向かうはずではないでしょうか?。万難を排して困難に立ち向かい、可能性に挑戦し、最大限の努力を、限界までの努力をするのではないのでしょうか?。 すぐに諦めてしまう人は居ない筈です。そして人は本気になると、真剣になると、とてつもないパワーを持っていると思うのです。
忘れてしまったのでしょうか。我々の祖先は戦中、戦後の中を、草を食べて命をつなぎ、埃まみれになりながら、DNAをつないで来たのです。凍える寒さの中、つないだ布の切れ端で、背中の子供を守ったのです。薬も病院も無い中、自分の願掛けで、自分の強い願いだけで病気の子供を守ろうと行動してきたのです。化粧もしていない、日に焼けた深いしわの一本一本に刻み着けられた壮絶な記憶を身にまとい、義務教育でさえ満足に受ける事が出来なかったのに、それでも笑顔と微笑みで「平和な日本が一番」、「笑う門には福が来る」と笑う。そんな姿を人間として誰よりも美しいと思うのです。
生き抜くだけでも尊敬に値します。それを更に極限の中、食べたいモノも我慢して子供に食べさせ、子孫まで残してくれたのです。 「おじい」「おばあ」の偉さは、けた外れなのです。
いつから年配者が大切にされなくなったのでしょう?。いつからおじさん、おばさん、年齢を言う事が恥ずかしい様な環境になったのでしょう?。生きていると恥ずかしくなる様な世の中は異常だと思います。そして、いつから自分の利益しか考えない人の人口が増えてしまったのでしょう。
一人の熱き思いが、その心の熱き周波数が、その周りにいる幾人かの人に届き、更に継続し続けて渦となり、難題さえも解決してしまうのです。誰もができる事なのです。日本人は流されるのではなく、任せっきりにするのではなく、もうそろそろ自分自身で動き始めなくてはならない。その時期に来ていると思います。
増産しようとしている食品工場の件ですが、計画停電を東京電力に任せっきりになっていないでしょうか?。許可した担当官庁に任せっきりになっていないでしょうか?。
良かれと思う一つ一つの願いを、こぼさない様に大切にくみ取り、集め、つないで、最善の策をそこに、はめ込もうとしているのでしょうか?。そこには熱い思いが組み込まれているのでしょうか?。
日本人全体の能力は過去の日本よりも、進学率もUPし、比例して高くなっているはずです。なぜ解決できない問題が多すぎるのでしょう?。
意見を一つ言わして頂ければ、心が育っていないのではないでしょうか。むしろ自己の利益のみを考えると言う行動は、ケモノに近づいているのではないでしょうか?。文部科学省に任せっきりになっていなかったでしょうか?。部分的能力の高い、心の未成熟な人間が、親となり、政治家、官僚となり教師となり。他様々な次世代の代頭者となり、大切なモノが薄れていけば寒々とした社会になるのは必然だと思います。
また極論を言えば、日本のリーダーになるべき人間は、優秀な常識と秀でたハートの持ち主、揺るがない皆が認める国民への思いを、言い続けられる人間、特に今回の様な大事変の際には、国民を守るための方策に最善の方法で取り組める人間であって欲しいと思います。
それ以外の能力は絶対条件では無いと思います。不足するそれ以外の能力は賛同する、部分的に優秀な能力のスタッフがサポートし、物事を実現していく様な国家のスタイルが理想だと思います。核になる所が、嘘のない「国民の為に」であれば、そうそう、おかしな方向に進まない筈です。官僚にしても、政治家にしても、また他にしても、個人的利益優先型の人物は国民が見抜ける様なシステムにならなければならないと思います。
今、日本はピンチです。しかし当事者以外は、そこまで余り考えないようになっているのではないでしょうか?。日本国に住む、同じ日本人チームの一員ではないのですか?。バラバラなら弱いチームですね。世界の中で負けていくのは当たり前だと思います。
日本の運命は、今試されているのだと思います。そしてピンチの後にはチャンスが必ず来ます。
我々日本人は、食品工場生産に支障をきたす如きの問題を、解決できずに世界を渡って行けるのでしょうか?。未曾有の大災害 日本チーム一丸となって乗り切った暁には、一丸となった、そのつながり、その手に入れた経験とパワーで、今抱えている日本の課題等は、「解決できない筈がない」とは思いませんか?。 日本人が今 日本人なのだと意識しないで何時するのでしょうか?。我々は同朋、家族なのです、一人残らず家族なのです。家族ならやるべきことは一つ。このピンチを乗り切るために、貴方は何をするのか、私は何をするのかだと思います。孤独だと部屋に一人でいる方、そんな事は無いです、貴方が必要なのです。我々は貴方に感謝します。仕事が無い方、復興に向け政府は強力にバックアップすべきです。我々は貴方を必要としています。必要性の薄い所に各官庁は能書きをつけて、自分の所だけ考えて、経費をかけている場合ではありません。すぐに動いてください。お願いします。また縦割り行政で各省庁の業務がダブっている様な経費の使い方をして、更になかなか改善が進まないのなら、ダブって復興支援をして下さい。お願いします。普段悪い事をしている人さえも、こんな時には、せめて良い事をして下さい。長い人生、罰は当たりません。頼みます。自分の利益しか考えない心のない者が、もし居たら政治家だろうが官僚だろうが、「お仕置き確定です」。
福島県の原子力発電所は、安全だと、安心だと国から押されて建設したものなのです。そこで作られる電力は福島では使われる事は無いのです。その全てが首都圏に送られるのです。都内の照明100万ドルの夜景は、その上に成り立っているのです。そんなに安全安心ならお台場に作るべきなのです。なぜならその電力は首都圏で使うものだからです。
人間が生きていくためには、その他の生き物の「おかげ」で成り立っているはずです。海で暮らすものが海を粗末にしますか?。山で暮らすものが山を粗末にしますか?。畑に生きるものが畑を粗末にしますか?。東北では、その様に育てられてはいないのです。私は今、日本人が動き出すことを信じたい。本当の意味で動き出すことを信じます。「おかげ様」を忘れたり、「おかげ様」を身に着けていなかったら、人間の集団からさえも外れていくのではないのでしょうか?。
消えそうな細い一本のロウソクの明りに照らされて、待っている同じ日本人がいるのです。暗闇に包まれ、何時まで持つか分からない一本のロウソクのわずかな火に、かじかむ、小さな両手をかざし、「あったかいね」と言っている子供の姿は浮かびませんか?。そんな小さな火にさえ、感謝している子供の姿は浮かびませんか?。使うことのない電気を送り続けた方々の悲しい叫びは届きませんか?。耕して耕して、そして毎年感謝して、住み慣れて愛した土地が危険地帯と言われる様になる。自分たちが使わないのに電気を送り続けた。届けた先のその人々から危ない所と言われる様になる。同じ日本人の心の深い悲しみが届きませんか?。理解していただけますか?心が伝わりますか?
それでも、それでも、それでも、どこかで信じているから待っているのです。同じ日本人を信じているから待っているのです。「きっと来てくれるはずだ」と、信じているから待っているのです。そして待つしか出来ないほどに、地域も心もメタメタになっているのです。現実なのです。昨日まで一緒にいた、家族が全員そろっていないのです。「このまま二度と会えなかったらどうしよう」寒い体育館の暗闇の中、時折目が覚めて心が押しつぶされそうになるのを必死にこらえ、薄い毛布の中で声を殺して泣くのです。体を丸めて、体を震わして、声を出さずに泣くのです。待っている者にとって希望の光は貴方方だけなのです。ほとんどのモノを喪失した者に、残されているモノはそれだけなのです。どうぞその火を消さないでください。どうぞお願いします。どうぞお願いします。一本のロウソクが消えてしまう前に、どうぞお願いします。
最後に
協力して乗り切った先に、強力なチームワークを持った更なる日本を復興し。命がけで受け継いだDNAを、間違いなく更に磨き上げたDNAとして、次世代につないで行かなければならない使命が、残された者にはあると思います。おじいは偉い、おばあは偉い、刻み着けた、しわしわ顔が美しく輝くように。一人残らず輝くように。今できる事を、自信を持って後世に語れる様に。「自分の命が、自分の存在が、価値あるものであったと」自分自身が悔いなく納得出来る様に。日本チーム強力一致団結が世界の見本になれる様に。新しい日本を築かなければ、無念の内に亡くなられた方々に、申し訳がありません。もし将来関東に、東海に同様な事が仮に起きたとしても、すぐに跳ね除けられる様なチームワークを構築しなければならないと思います。そのためには、任せっきりにせず一人一人から動き出すことだと思うのです。企業の中の一人から、組織の中の一人から、地域の中の一人から、国の中のたった一人から。
そして我々日本人は、流れ始めた熱い血液、強い心のつながり、そのチームワークというパワーを持って世界の中で、胸を張って生きていくのです。
この大震災をしのぎ、生き残ることが出来たら、また会いたいと思います。
日本の信じる仲間へ