昨晩は綺麗なピンクムーンでしたね。
仕事帰りの道が明るくてありがたかったです。
先週は久しぶりの鹿児島帰省でした。
今回の旅
ブログにするか迷ったのだけど
私の気持ちの整理もあるので
現状を書き留めておきたいと思います。
鹿児島帰省を予定していた矢先
義母危篤の知らせが入り
予定を繰り上げて急遽帰省しました。
どうか間に合いますように…
そんな思いで慌てて予約取り直した飛行機に乗り
バスと電車を乗り継いで
入院している病院へ行きました。
幸いな事に
私たちが到着したタイミングで
ひと山越して落ち着いた状態になっていた
義母でしたが
ひたすら眠る、時々覚めてまた眠るという
その繰り返し。
もうこれ以上の回復は見込めない
治療が出来ない状態になってました。
面会中 目覚めた時に主人の顔を見て
お父さん?と小さなかすれた声で
ふり絞る様に声をだしてくれました。
歳を重ねるごとに義父に似ていく主人と
見間違えたのでしょう。
ちがうよ、〇〇だよと主人の名前を言うと
一瞬ハッとして眼を見開いて
小さく頷いていました。
主人もその様子に涙してました。
近所に住む主人の伯母が
きっとあなた達を待っていたのねと
言ってくれました。
私たちもそうだなと確信がありました。
それから危篤を聞きつけた東京の親戚
札幌に住む義妹も駆け付けてくれました。
義妹のことも分かったようで
目に涙を浮かべ笑ったそうです。
その後も息子と
札幌に嫁いだ娘も帰ってきてくれて
義母との面会が叶いました。
孫二人が揃った事も分かったようで
手を握ると握り返してくれたそうです。
現状もう食事は取れないので点滴と
鼻から酸素を入れ
呼吸を助けてもらいながら
ひたすら眠る義母。
それでもいっときの危篤が嘘のように
1週間過ぎても状態が安定しているので
周りの親戚にお願いして
私たちは一旦家に帰る事にしました。
帰省中毎晩家族で話し合い
義母のこと、今後の義父の生活のこと等
色々と決めました。
私たちの生活もこれからまた変わっていきます。
正直不安もあるけれど
家族寄り添って生きていく…
そんな心構えが出来た
今回の鹿児島帰省となりました。
私たちはこちらに帰ってきてしまったので
義母の最後を看取る事は出来ません。
こういう時遠く離れて住むことのジレンマに
心が痛みます。
仕方のないことと分かっていても
やるせない思いが募ります。
そんな思いを義父も良く理解してくれて
大丈夫だから心配するなと言ってくれました。
それに対しても申し訳なさと
義父の深い愛情に感謝と
そしてそんな義父をひとり残してしまったことに
また心が痛むのです。
満月のピンクムーンの光の中
母はどんな夢を見ているのでしょう。
義父との思い出の中で
きっと笑っているかもしれませんね。
今はただ残された時間を
心穏やかに、痛みや苦しみもない中で
過ごしてもらいたいと
思いをはせている毎日です。
お読みいただき感謝です![]()

