たまになんですが、神社の結界?が気になるときがあるんです。


鳥居で仕切られた内側の御神域のことではなく。


神社を中心にして外に円状に広がっている領域みたいなモノの話なんですが…。


神社に近づいて、ある境を越えると

「あ!今、神社の領域に入ったな」

みたいに感じます。


悪い者を弾くとか、そんな強烈なものではありません(そんなすごいのあったら神社のまわりに皆こぞって住みそうニヤリ)。


どちらかというと感知系なのかなーと。

それプラス空間への浄化作用かな?

悪い事が起きにくいように作用してくれてるような気がします(起きないわけではない)。


神社の無い所と比べると分かりやすいです…


神社が近くに無い場所は空間の質が悪いというか荒れた気配をしている場所が多くなりがちで、

逆に神社の近くだとそれが少ないような気がします。


それで、その円状の御神域なんですが、大きさにも違いがあって。


以前、話した白龍神社(白龍神堂)なんですが、

その神社を知らなかった時に、いつもそこを通る度に(地元の神社より)小さい円の領域があるなーと思ってて。

てっきり屋敷神的な何かがこの辺りの家で祀られてるのかと思っていたんです。

たまたまブログで白龍神様が祀られていると言われている場所を知り、その領域と一致したので

そっちか〜とスッキリしました。



本日お参りして来ました。

ちょうど本日は
年の干支が60年に一度の甲辰の年であり
日の干支が60日に一度の甲辰の日であるという
甲辰が重なってる日だそうです。

なんだか龍神さん龍のお参りにちょうど良さげな日でしたね〜ルンルン

ここの白龍神様、祀られてる社に鎮まってるというより、その社近くの川(利根別川)を自在に動いている感じを受けました。

もちろんこのお堂が窓口になっているようでこちらでお参りするとパワーを感じやすいと思います。

冬より春過ぎから勢いを感じます。自然神なのでしょうか。春先にそこを通り過ぎた時には春の芽吹きに喜ばれている感じがしました。

この日はお参り中、ウグイスがホーホケキョとずっと鳴いてました。


領域の円の大きさの違いは、そこに集まる祈りのエネルギー量の違いなのかな?と勝手に考えてますニヤリ

北海道神宮とか結構手前の段階で分かりますし…。伏見稲荷神社も…。



神社に自分の願い事をぶつけに行く人が多いような気がします。


神社では日頃守って頂いていることに感謝の祈りをささげて、


みんなの幸せを祈ることが大事だと思います。


他の人の幸せも願う時に良い気が出ていると思います。


それを神社や神棚でささげることでお互いに良い作用が起きると思うんです。


神様には祈りの良い気のエネルギーが届いてお力が増え、それによって守りの範囲も広がり悪い気を抑えお互い助け合えるような良い人間が増える効果がありそうですし、悪人がいてもそれに気づかせ助けてくれる人が現れる作用が起きやすいと思います。


神様自体は実体がないので直接物理的に人を助けることはできないでしょう。しかし間接的に人を介したりタイミングなどをはかったりして助けて下さっているんだと思います。


周りの人は良くしてくれるけど神様は何もしてくれない、ではなく、その良くしてくれる人に神が宿って作用している場合もあるのだと思います。

 

悪い事が起きた時には何もかもが嫌になると思います。でもそこで祈りをやめるのは違うのではないかなぁと。

人生山あり谷ありと言いますし良い時もあれば悪い時もある。

あれだけお参りしたのに何の意味もなかった!と憤らず、大難を小難にしてもらったのかもと考えた方が精神的に良いと思います。

お参りしたから願いを叶えろ、幸せにしろとは上から目線ではないですか。


神様はただそこに存在し浄化してくれる尊い存在で敬うべき存在です。


最近のご利益信仰は考えものですね真顔

あの神社は金運アップにいいとか

あの神社は恋愛運がアップする、とか…


最近は神様に対する敬意が足りてない人が多い気がします。


昔は神様は畏れ敬われていたと思うのですが…