紡績業・製糸業(メモ)
1859年(安6)横浜開港 玉糸製糸・家内制手工業 座繰製糸→1870(M3)富岡製糸場・器械製糸主要輸出品目は生糸、製茶 1880年代製茶は粗製濫造と安価なセイロン紅茶出現で頭打ち、80年 代後半からは米穀輸出(90年代には輸入に転じている)。銅と石炭も急増。 ▲日本茶輸出略史(和束町HP) http://www.town.wazuka.lg.jp/html/bunka/greentea/history/08.html1887~89年 三重紡績(1914大阪紡績と合併し東洋紡績)、鐘淵紡績、 摂津紡績・尼崎紡績(1918大日本紡績) 養蚕農家戸数 収繭量 生糸生産量1894年(M27) ・・ 67 5,218 器械製糸が座繰製糸を凌駕 女工争奪激化(紡績)1895年(M28) ・・ 85 6,410 紡績業と製糸業を先頭とする繊維工業が工場制工業の発達を主導 紡績業は紡績機械と原料綿花を輸入に依存,最初から典型的な機 械制大工業として発達.。輸入インド綿糸と対抗して国内市場を制 覇するや,いち早く朝鮮および中国市場へ進出し,日露戦争後に 中国市場でもインド綿糸を圧倒。1900年(M33) ・・ 103 7,102 生糸輸出世界一1907年(M40) ・・ 130 9,1981908年(M41) ・・ 132 10,1681925(T14) 1,949千戸 318千トン 31,066トン1926(S1) 2,062 325 34,1291933(S8) 2,092 379 42,1611934(S9) 1,995 327 45,243 『女工哀史』(1925年(大正14年)は紡績業、 『あゝ野麦峠』(山本茂実、1968年)は製糸業