さて、いよいよ其の一も今回で最終回です。

其の一ではイクスを主人公に物語を進めますが、其の二以降の主人公は我らが(?)チョンホさまに変わります。其の二が物語の中心なので其の一は序章に過ぎませんが、いままで読んでいただきありがとうございました!土下座

 

前回のあらすじ

指輪をあげてからというもの、イクスは頻繁に貰い物と偽ってソリに本やら飾りやらを持って来た。そんなイクスに耐えかねたソリは迷惑だと言い放ち、貰ったものを全て突き返した。しかし、そのことで罪悪感を感じたソリは詫びにイクスのもとを訪れるが、イクスはソリの復讐心や罪悪感を全て分かっていた。その上で、イクスはソリに自分の好意を告白する。愛する人からの復讐を受け入れ苦しむイクスを見て心が動かされたソリは、イクスのことを理解したいという思いから、イクスへの質問を帳簿に書き集め、イクスに渡した。イクスの正直で素直な答えに、ソリはつい笑みがこぼれたのであった。

 

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選択

 

 漢陽の冬は厳しかった。ミン家で初めて冬を迎えるソリは、部屋の冬支度を整えに市場に出ていた。

秋の終わりごろ、イクスはソリを本殿に呼び寄せた。何でも、東屋のオンドルが壊れているためとイクスは言っていたが、果たしてそれがどこまで本当かは不明である。ソリは疑いつつも住まいを本殿に移し、元使っていた部屋はソックの廟とした。

ソリの質問帳簿は冬になっても続いていた。イクスが遅れることは無かったが、最近はソリの方が質問が思いつかず先延ばしにすることが多かった。そのたびにイクスは催促するように聞きに来るが、ソリにはやはりそれが好意の裏返しのように感じてならなかった。帳簿に書き込む内容も、時折そのようなことを感じさせる節があった。

 

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一番気にかけておられることは?

なぜそなたがこのようなことをしているか。

 

書房様から私に聞きたいことはございますか?

山ほどあるが、どれも聞けない。

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 ソリはイクスの好意を感じる度、胸の中で虫が走り回るような感じがした。あれ以来、ソリはイクスの帰宅時と帳簿を交換する際以外はイクスと顔を合わせないように気を遣った。イクスもそれにうすうす感づいているようで、ある夜、ソリが庭を歩いていたら、ソリを見かけたイクスが隠れるところを目にした。

 しかし、いくら憎い相手とはいえ好意をはねつけてしまうことに申し訳ない気持ちもあった。それに、あんなに憎み合ったと思っていたのにイクスはいつの間に好意を持ったのだろう。ソリにはそれが一番不思議であった。

 そして、今質問する手段は簡単にある。

 

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いつ、どうして私などに好意を持たれたのですか。

そのようなことまでここに書かなければならないのか。

私にもよくわからない。正直なところ、これが本音だ。それに、紙と筆を前にしてそのようなことをじっくり考えることなどできない。ただ、一つだけ言うとしたら、そなたかメチャンの妹だからではない。

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ソリは戸惑った。てっきり、自分とメチャンが姉妹だからだと思っていたのだ。容姿などであったら、じっくり考えなくても分かるはずだ。ソリはイクスの想いが並大抵でないと思うと余計に胸の中の虫が動き回る気がした。

 この日、市場で被り物や厚手の生地を物色していたソリは、途中10歳ぐらいの両班の少年とうっかりぶつかってしまった。

「あら!・・・申し訳ないです、道令様」

ソリはうっかり昔の癖で丁寧に話してしまった。

「こちらこそ申し訳ございません。お怪我はないですか。私の過ちをお許しください、ご婦人」

その子は幼いのに丁寧に詫びた。角の向こうで、友達と思わしき少年たちが恐る恐るこちらを見ていた。よく見ると、その子は手に蛙を握っていた。ソリはつい笑ってしまう。

「大丈夫ですよ。さあ、その蛙が逃げてしまわぬうちにお行きください」

少年はそう言われて顔を真っ赤にし、ちょこんと礼をして走って角の向こうに消えていった。

こんな小さな出来事が、この日のソリの気分を晴れやかにした。心の中が、懐かしいような甘酸っぱい気持ちでいっぱいになった。

それは市場に着いても変わらなかった。そのうち、生地を見ても真ん中に少年の顔が大きく浮かんでるような感じがした。次第に、ソリは変な気分になった。なぜこんなに心が動かされたのだろう?まるで、あの少年に恋でもしたみたいではないか!

 

その日は初雪であった。ちらちらと雪が舞う中、ソリはついでにイクスにも生地を買っていくことにした。というのも、さっきの件で機嫌が良かったからである。従者たちに詫びながら予定よりも多くの生地を持たせ、滑る雪道の中ソリは帰宅した。既にイクスは帰宅したようで、従者がオンドルを焚きなおしていた。

ソリは急いで部屋に戻り、手に入れた生地の採寸を始めた。ソリは裁縫の腕も良かった。他の者に採寸されることを嫌い、自分の服のほとんどは自分で作っていた。

 ふと、イクスに買った生地が目に入った。

(買ったところでやはり何を作るでもないし、服屋に頼んで書房様の採寸をしてもらおう)

 それならば初めから服屋に寄ればよかった、とソリは思った。第一、いきなり服屋が来て書房様はどう思うだろう。私が頼んだと聞けば誤解されるのではないか。そもそもこんなことをしてしまったのは、全てあの無邪気な少年を見たせいで機嫌が良くなったからだ。ソリはあれこれ考えるうちに、ふと帳簿に質問を書くのを何日も伸ばしていたことを思い出した。ソリは帳簿を手に取った。

 何気なく最初の頁を開いた。最初に書いてもらったころに見て以来、もう二月は見ていなかった。そこで、ソリはイクスの書き込みが増えていることに気が付いた。

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一番好きなことは何ですか。

酒を飲みながら詩や絵を楽しむこと。

この帳簿を書くこと。

詩や絵、裁縫や楽器をたしなむことです。

 

一番嫌いなことは何ですか。

このようなことを書くのは恐縮するが、学問は未だに好きでない。

待つこと。特に、そなたがこれを長く持っている時。

部屋に入ってきた虫を退治しなければいけないときは本当に嫌です。

 

普段どんなことを考えて過ごされていますか。

ほとんどが宮中での派閥争いに考えを巡らせ過ごしている。人は私が女のことばかり考えているというが、私は女と会っている時も相手のことを考えられない。

次はそなたがどのような質問をするのだろう、私は何を答えよう。ばかげているが、こんなことで頭がいっぱいだ。

詩や自然について考えています。

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やはりこんなことを読んでいる最中でさえ、目の前にさっきの少年の顔がしきりに浮かんで消えなかった。ふと、ソリの頭の中で、少年の声がイクスの答えを読み上げ出した。

 

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詩と絵では、どちらがお好きですか。

これは私がやるとしたらという意味か、それとも人の物を見るならという意味か。前者なら絵だが、後者なら間違いなく詩だ。以前そなたが書いた詩が縁側に置き忘れてあったのをこっそり読んだが、素晴らしかった。女の詩は恋ばかりが出回っているが、そなたの書いたような自然を描写したものが私は一番好きだ。

そなたの作ったものであればどちらでもよい。

詩です。書房様がたくさん書かれたので余白が足りません。

 

ご自身の長所はどこだとお考えですか?

要領は良いのではないかと思う。少なくとも、スボクはそれで私をよく思っていないが、私にとっては諸刃の剣だ。いずれにせよ長所と言ってもよいと思う。あとは、策を巡らすのが得意だ。

これのお陰で、本当は自分が情熱的だと知った。これは長所だろうか?

くじけてもすぐに立ち上がるところです。

 

短所はどこだと思われますか。自虐はなさらないで下さい。

そなたの言う自虐とは何のことか分からないが、私の短所はそなたもよく知っているだろう。現実から逃げてしまうところだ。志を通すほど、私は強くない。

だがさっき書いたことも今書いていることも、そなたは決してこの頁を見返さないだろうと知っていて書いている。そのような私は愚かか。

私も、素直になれないところがあります。

 

お仕事は好きですか。

意外に性に会っている。

今は他のものが好きかどうかは分からない。

そう思います。私は仕事がないのでここは失敬させていただきます。

 

ご自身はどんな時一番輝いていると思いますか。

策を巡らせている時。

今この瞬間、そなたが見ないであろう答えを書いているこの時だ。

詩を詠んでいる時です。あと、女の身ながら、外で走り回るのが好きでした。

 

何をされている時が一番楽しいですか。

それは私にもわからない。私がいつも知りたいと思うことだ。

それも今この瞬間である。

私にとって、何においても楽しさを見つけるのは簡単なことです。

 

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ソリは気が付いた。さっきから目の前にちらつくのは、あの少年ではなくイクスの少年の頃の姿なのだ!あの子は雰囲気がとても似ていた。彼女が今日一日機嫌が良かったのは、その少年によるものではない。幼い日のイクスを思い出したからである!ソリははっとして帳簿を取り落とした。そうだ、ここに書いてある答えは、あの頃のイクスそのものである!彼はあのような物の言い回しをし、あのような考え方を持ち、そしてあのような口調で、婉曲的に自分の本心を伝える人物であった!!!そして、そして、あの頃のソリは、そんなイクスを密かに慕っていたのであった!

 メチャンが亡くなった時にミン家に乗り込んでいこうといきり立つ両親を説得したのはソリであった。インボクがイクスを陥れようとした時も、何とか言い含め一度は止めさせたのもソリだった。ホ・ソミンとして宴会に顔を出した時、イクスに対する悪評を広めようとする下級官僚を見つけ、他の官員達に先に手を打ってその下級官僚への信頼を失くさせたのもソリであった。彼女は何度も何度も、イクスを庇っていたのである!!

(何てことでしょう・・・。書房様に婚姻の件を持ち出しに行った時も、私は何度も鏡の前で自分の姿を確認したじゃない!復讐するつもりで行ったのに、自分の心が矛盾しているから結局果たせなかったじゃない!なぜ気が付かなかったのかしら・・・。イ・グァンヒナウリから求婚され、書房様の縁談の話を聞くまで、書房様に復讐することなんて考えてもいなかったじゃない!!!ソックを失って、命まで捨てようとしたのに、書房様に助けられてからは二度と死のうとは思わなかったじゃない!!!!!!!)

ソリは長年気が付かなかった自分のもう一つの気持ちにやっと気が付いた。ソリも、イクスをずっと想っていたのである!あの胸の虫の騒ぎは、単に不快だったからではなかったのだ。しかし、ソリの胸は激しく痛んだ。憎き敵を、ずっと愛していたと知ったからだ。彼女の心の傷や、憎しみ、悲しみ、その全てはイクスによって作られたのに、そんな相手を愛してしまっている自分に気が付くことほど恐ろしいことは無かった。いや、そうではない。ソリはもともとイクスを慕い、ずっと信じていたため、何度も何度も裏切られ彼女は傷ついたのだ。彼への想いが無ければこれほど傷つくことは無かったであろう。

ソリは絶望した。惨めな気持ちでいっぱいになった。自分の心は何度も無碍にされ、踏みにじられた。なのに自分は依然彼を想っていて、彼を失いたくないと思っている。

彼女はさらに考えた。なぜ自分が帳簿を始めたのか?それは、イクスを冷遇したことに罪悪感を感じたからに他ならない。そして自分はいったい何を望んでいるのか?彼に愛されたいのか、それとも復讐を遂げたいのか?

彼女は懐からノリゲを取り出した。ソリが持つホ・ソミンの唯一の遺品であり、ソックが長年大切に持っていたものである。ソリはノリゲを握りしめた。ああ、こんな結果になって、彼らにどうして顔向けできよう。両親に何と説明しよう。ソリの目から涙がこぼれ出した。

イクスとの結婚前、ソックの墓前に誓いを立てたことを思い出す。あの時、必ずやこの無念を晴らして見せると彼女は誓った。しかしよく考えてみれば、ソックを殺めたのはイ・グァンヒである。ホ家を殺めたのは痘瘡である。インボクを殺めたのは疑り深い燕山君であり、その原因を作ったのはイクスを嵌めようとしたインボク自身である。そして、メチャンを殺めたのは、イクスとメチャンを引き離したセミである。そうだ。彼は軽率にもインボクに仕返しをし、不注意でソックを怪我させたが、彼の過ちはそれだけではないか!彼を想っていたからこそ、憎しみがこれほど大きく膨らんだのではないか?

彼女は自分の信じていたものが崩れ落ちるのが分かった。全て、自分の思い違いだったのか?悪人のイクスを自分が憎んでいる、という、何度も心に描いた構図が彼女の頭から跡形もなく消え去った。彼女は嗚咽を抑えようとしたが出来なかった。

 

 なんとなく落ち着かず庭をうろうろと歩き回っていたイクスは、無意識のうちに足がソリの部屋の前に向かっていた。この数か月、自分の告白をソリがどう思っているのか聞きたくて仕方が無かったが、このような自明なことを聞いて深く傷つく勇気は自分にはない、とイクスは思っていた。

ふと彼女の部屋の近くに来た時、部屋から何か声がするのが分かった。軒先に靴は一つしかない。イクスは部屋に近づいた。どうやら、鳴き声のようである。ソリが泣いているのだ。しかも、激しく。

イクスは驚き、慌てて部屋の中へ入った。

「どうした・・・何か、何かあったのか?・・・・ソリ!」

ソリはイクスに目もくれず泣き続けた。

「誰かに殴られたのか?従者が何か言ったのか?おまえの両親に何かあったのか?それとも・・・」

イクスはふと足元に目をやる。例の帳簿が最初の頁が開いたまま放り投げてあった。

イクスは言葉をやめ、彼女の前に座った。

「・・・これが、そなたの気を害したのだな」

イクスは低い声で呟くように言った。

「はい!!」

ソリは顔を上げて叫ぶように言った。

イクスは呆然とソリを見つめる。

「・・・このようなこと!・・・・なぜ私をこれほど・・・・これほどまでに、傷つけるのですか・・・・・!」

「すまない」

「なぜこんな・・・・なぜこんな・・・・・」

「ソリ」

「このようなことを・・・・」

ソリは咽び泣く。

「・・・すまないが、なぜ泣いているのか私に教えてくれないか。愚かな私には、まるで分からない」

ソリは顔を覆っていた手を下ろし、チマを握りしめた。

「・・・このようなことを書いて、私にどうしろと仰るのですか?・・・・書房様が憎いのに・・・・なぜこのように、私の心をバラバラに砕いてしまわれるのですか?」

イクスはよくわからない様子で、何も答えない。

「・・・私はこの矛盾を、どうしたらよいのですか?・・・どちらの自分に従っても、苦しまなければならないのに・・・」

「・・・矛盾とは、どういうことだ。何と何が、矛盾しているのだ」

チマを握るソリの手にギュッと力が入る。

「・・・私から全てを奪った書房様を憎み、復讐したいと思う自分と・・・それでも変わらず、書房様をお慕いする自分が・・・」

「ソリ・・・!」

想像だにしていなかったソリの言葉で、イクスはソリの傍に寄って彼女の手を取った。

「ああ、ソリ・・・そなたが苦しむ必要などない!そなたは何も悪くはないのだ・・・そなたは二つのどちらかを選ぶ必要も、それによって苦しむ必要などない!そなたの苦しみは全て私が引き受けよう。私が受けるべき罰なのだ。これから、どんなに時がたっても、愛するそなたから全てを奪った愚かな自分への怒りや罪悪感が消えることは無い!そなたが復讐心を忘れても、持っているのと同じことが私に起こるだけだ、故に、既にそなたは復讐を果たしたのだ!私の最も大事な人が、私のために選択を迫られているのだから!」

「書房様・・・!」

「だから、もう苦しまないでくれ。それは全て私のものだ。これから、そなたをどれだけ大切に想うか、言葉では表せない!そなたはもう肩の荷を下ろしてもよいのだ。あとは全て、全て私に任せてくれ。そなたに罪悪感を感じることも、そなたを大事に想うことも、全て私の役割なのだから」

ソリは喜びを隠すことが出来なかった。自分でも、これほどイクスを想っていたとは知らなかった。ソリは喜びに満ちた目でイクスをじっと見つめた。

「・・・書判様・・・!!」

イクスはソリを引き寄せ、抱きしめた。

 

 

 

 

14926月、生まれたばかりの奴婢の子供がパク家に密かに養子入りした。パク家はその子の生みの親に大金を渡して追い出し、その子を奪って実子と偽ったのである。待望の男の子であった。パク家の正妻チョン氏は知らなかったが、その子は、スボクの血を引く正真正銘のスボクの息子であった。しかし、事実は闇に付された。ソンと名付けられたその子は、5か月後に誕生するミン家の長男チョンホと同い年となり、その後彼らの縁は長く続くことになるのだが、これらは全てまだ先のことである。

 

其の一 完

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さて、其の一はこのへんで終了です。

草案は既にあったのに、書き下すのに一か月近くかけてしまい、序章ごときにこんなにかけてしまって先が思いやられます・・・

でも!ここからは我らが(?)チョンホさまがガンガン出てくるのでもっとスムーズに書けるだろうと信じています!!

重複しますが、ここまで読んでくださった皆様本当にありがとうございました!!!!土下座土下座土下座土下座

そして、次回以降もよろしくお願いします!ラブ