豊かな人と検索すると、感性豊かな人、感性豊かな女性
などという関連ワードが出てくる。やっぱり女という性は、感情と関わっていると世間では認識されているんだなあ。と思った。



私の中で、子供でいたい、面白い人でいたい、余裕のある人でいたい、資本主義に惑わされていたくない独立した人でいたいというモットーがある。


言葉にすればバラバラしてしまうが、私にとってこれらは1つのイメージとしてまとまっていて、色々な面を切り取ったときに、別々の言葉に分かれる。
まとめてみると、私にとって、それは「豊かな人」と言えるのかもしれない。
人によって豊かさの定義は異なると思う。

イメージは、小栗旬、樹木希林、瑛太、もろもろ。

ブランドイメージの購入は避けたいし自覚的でありたい。全部の時間を消費したくない!お金のために呼吸したくない!購買意欲に騙されて所有を目指し結果勘違いだったなんて気づきたくない。
人間のおかしさとか変な工夫とか、意味のない時間こそが、人間らしさなんじゃないか?生きててよかったーってことなんじゃないか?意味がついたとき、他の人でも良くなる。共有されたとき、人に見いだされたとき、他人から意味づけされる。その時に、もう、自分の目で見たとか、そういうものがどうでも良くなってしまう。

ごちゃごちゃ思うままに書いてしまったが、まとめると、共有されたときに社会的な価値観を通さなきゃいけない。その時に、価値をつけられてしまう。公共のものになってしまう。人は弱いから、何もしないとどんどん世間様のルール通りの人間に。
でもそれこそが虚しさの原因になるのではないか?

だから、自分の中で独自の価値を育てることが大切で、それこそが豊かさなのでは?私は自分の思う豊かな人を、そういう人だと捉えているのではないかと思った昼でした。