昨今ではAIが盛り上がりを見せています。発端?のOpenAI社のChatGPTに始まり、SoraやStable社?だっけか、の、StableDiffusion、音楽などもAI化が進んでいます。


 ディズニーとOpenAIが歩み寄りを見せた?とか、ショート動画などをみているとAI動画や野獣先輩ソング、pixivや同人サイトのAI漫画などみてみてもAIの影響はより身近に、そしてこれらに言えることは、エンタメコンテンツや芸術といった分野において顕著であることがわかります(なんかずっと前からよく言われてる結論になってしまった)。


 で、なぜ私がこういったことに興味を持っているかというと、AIを使って楽して儲けたいからです。


 ただ、AIの使用や主に著作権といった問題で、というか問題がある。


 そりゃディズニーの歴史とか、アニメの歴史、音楽の歴史などを見てみると、それまで心血を注いだ傑作を元に新たな第3三者が儲けたり、著作権を主張するのは、その元になった人からすれば問題だと思います。まあ、正直人によったり、それだけではないと思いますし、AIに関わる問題の本質は私はミーハーなんで的を射ててないと思います。


 で、タイトルにある通りここで法律の必要性を考えてみました。こういった法律や倫理の問題は常に付きまとうので、しっかり考えて結局は個人的な解釈、指針になってしまいますが、とりあえず自分の中で作って置きたいと思いました。


 で、結論からいうと人にされて嫌なことをしないことが法律の本質だと個人的に解釈しました。(先生や親からよく言われたやつ)


 どういうことかと言うと、例えば、いくら殺されたくないからといっても先方が一方的に悪意を持っていれば、殺され兼ねません。逆に、こちら側が殺人をすることによって利益を得たとしても、報復されても文句は言えないです。そしてこれは、第3者や社会・集団にとってもチャンスや人が減るだけなので基本的に利益になりません。


 わいせつ物頒布罪や飲酒運転、未成年飲酒に置いても、例えば過去に性においてトラブル・トラウマを抱えている人がわいせつ物を閲覧してしまっては恨みや、社会不進出になってしまい、巡り巡って自分にダメージに来てしまう可能性があります。人の為に人の嫌がることをしてはいけないのではなく、自分の為、合理性に置いても人の嫌がることはしてはいけないのだなと思いました。つまりは、この感じが法律の必要性のような感じがします。


 もちろん、その他生物や、何らかの対象に置いても、立場を入れ替えて不利にならないように立ち回る必要があるということだと思います。


 で、まあ例えばこの昨今で言われてるAIの学習、著作権問題に適応すると、有志や許可を募ってAIに学習させるとか、わいせつ物頒布罪に置いては、予めそういった目的の人だけが閲覧できるような、確認画面などを儲けるとか、既にある案というかミーハーな案というか的を射てでないというか、言語化できてないかも知れませんが、こういった感じで法律の必要性に置いて適当ではありますが考えてみたという日記というかメモです。


 ただ恋愛や対人・集団活動や他の面において、これを意識しすぎるとメンタルがやられるような気もするので塩梅も必要かもしれません。