これは
“とある人“の前世のお話
前世なんて…なにをばかな…
そうなのですだからこれは
夢物語として書き記します




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そのころの私の名は
【桔梗】(ききょう)といいます

今から千年ほど前のこと



屋敷には父と母
(母は身体が弱く
乳母と側室のお姉さんが遊び相手)

姉と兄
(姉の名は夕霞
私をとても可愛いがってくれた姉)

乳母がいて
父の側室さんが二人
お庭には屋敷を護るお庭番
牛車を引く牛
女官が幾人か



お庭には大きな池があり
美しく利発でありながら
男の子のようにお転婆だった姉は
たびたび舟を出してはみつかり
大騒ぎになっていました



禁じられ叱られても
姉は舟遊びをやめず
慌ててやってきた女官たちとは
反対の岸に舟を付け
追っ手をかわしていました



姉が駆けるのが早いので
女官たちは誰も追いつけず
いつも名を呼びながら追いかけ走って
池のふちから屋敷の裏手へと






私は生まれつき身体が弱く
末娘の私をとても可愛がっていた父は
私が病で寝込むと
いつも付ききりとなりました



昼も夜も牛車を出しては人を呼び
私の治療の為に

牛には
可哀想なことをしてしまいました



幼いころは可愛がってくれた
優しかった側室さんは
父をひとりじめにしてしまう私を
いつしか
疎ましく思うようになったのでしょう



『あんな子なんか
居なくなって仕舞えば良いのに』



人の思いには
良いものにも悪いものにも
必ず力があります
居なくなれ…とのその思いは
呪(しゅ)となって



当時八つの私はその呪に罹り
重い病となりました



父は懇意にしていた陰陽師を呼び
その呪を解くべく
力を尽くしたのですが

敢えなく…
私は八つで亡くなりました
その時姉は十六






このころを思うとき
笑いながら庭を駆ける姉の姿
あとから
皆が名を呼びながら追いかけ
池のふちから屋敷の裏手へ…



いつもその光景が浮かぶのです





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そして今世のこと



【桔梗】は今世でも
八つで大病をしました
何ヶ月も小学校を休み
けれども今世は生き延びました



あとから知ったことですが
今世では子供を産み育てることが
桔梗の課題であった為
そこから生きのびて
子供を産まないといけなかった



桔梗の子として生まれるのを決めて
ふたりはその時を待っていたのでした



今世の桔梗は
中学で将来の目標と聞かれて
『良いお母さんになること』
そう答えています
まだ何にも気付いていないころ



同じころ
授業中のノートに
無意識に桔梗の花を描き続け
ノート中桔梗だらけになり

そこに
うたも添えて書いていた
まだ
過去のことを思い出す前でした







それから今世で
あのころの幾人かと再び逢っています



前世と今世
前世の姉は今世で娘
お庭番は息子
乳母は実母
兄は弟
側室は同僚
父は上司



そして…
牛は夫
となってやってきました



それなら夫が
あのような
酷い仕打ちをしていたことにも
仕方ないことと合点がいく訳です






そして今世で桔梗は
娘とふたり千年前のことを
たびたび話しています
そんなある日の出来事



その時
ソファーに座っていた娘

突然様子が変わり背筋を正し
まるで着物を直すかのような仕草をし
じっと【妹】を見つめると
床の上の桔梗をひしと抱きしめ

『早くに…亡くして…
心配していましたが…
元気そうで………良かった』

さめざめとそう言ったのでした



桔梗は姉に
抱きしめられ泣き出しました



実際に見えている状況は
ソファーに座った娘が
床に座った母親を
小さな子を抱くように
愛おしみながら抱きしめ
そしてふたりは泣いている…


姉に抱きしめられた
この時のことは忘れられず




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“とある人“
【桔梗】
最後にもうひとつ



今世の桔梗には
左右の足の裏両方の中央に
手相の様な線で
五芒星の形がありました



気付いた時には既にあったので
ずっと不思議に思っていましたが
ある時それを娘に話すと



お父様があの日呼んだ陰陽師が
呪を解く為にと
まだ八つの妹の身体に書き付けた

あの時の五芒星(晴明桔梗印)
だと



前世で
救ってやれなかったことを想い
今も護っているのだと





その後の今世で
左右の足の裏から あの
五芒星が消えたことに気付いたのは



酷い仕打ちを繰り返していたご主人と
離れたあとのこと

もう
護りは必要なくなった……






約束の子を産み育て
償いの様な日々から放たれ
そして 
はじめて
自分の為の命を生き始めた










ノートにはいつも

訳も知らずたくさんの桔梗を描き続け


(こちらの画像はブロ友さんの
  ご厚意でお借りしました)






京都 晴明神社に咲く桔梗










足裏の五芒星はあの日の護りのしるし

幼名を【桔梗】と申します






子供をもったあとに思い出した記憶…
すべてを忘れてしまう前に…




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ほんの 夢物語として





ami