知人に会うために、羽田空港に行ってきた。
羽田空港には、電車やバス、車で行く方法があるが、一番楽で確実なバスを使った。
近所のバス停から約1時間で到着するバスは、お昼寝には持って来いだし、寝過ごすこともない。
根っからの怠け者の私にはちょうどいい乗り物だ。
「空港」この甘美な響き。
普段飛行機を使わない私にとって「空港」の持つ魅力は計り知れない。空港に一歩入っただけで肌に感じる非日常的な空気。
出発ロビーを見ると、そこは初詣顔負けの混雑ぶりである。チェックインカウンターは大勢の人が並び、また手荷物検査では、要領の悪い人間が後ろに迷惑をかけている。
また、お祭り騒ぎに便乗した土産物屋は、全国津々浦々のお菓子を勢にまかせて販売していた。
待ち合わせまで少し時間があったので、展望台に上り飛行機を眺めていた。しばらく、離陸する飛行機を見ていたのだが、どうもおもしろくない。そりゃそうだ。
先ほど出発ゲートで並んでいる人間は、これから楽しい時間なのに、こっちは炎天下の中を立っているだけなんだから。
と、ここまで散々空港の話をしてきたが、今日は空港の話をしたいわけではない。
この時期、飛行機は全席満席とある。飛行機は席が埋まってしまうと定員オーバーだ。電車みたく、詰め込むということは許されない。
しかし、飛行機と同じくらい重宝されている新幹線は、全席が埋まっているからと言って、乗せてくれないということはない。
乗車率180%、200%とニュースを聞くと、立っている人もいるということだろう。
前々から思っていたのが、この数字の説明というのは、どこまで信じていいものなのだろうか?
仕事でも、「需要が何パーセント」、「ここの切り替え時間は3秒間で」と、定量的な説明が求められる。数字は絶対的な揺るぎない権威を持ち、説明を聞く人間の感覚は全て排除される。
ということは、誰もが疑うことをしない数字は、逆にいい加減なことを言ってもOKにならないのだろうか?
市場動向調査とかだと、グラフを使って調査結果が出たりしている。○○というものは、2018年度は43%でしたといった具合だ。
でも、これ32%とか57%とかと言っても、調べようがないのだから、適当な数字を言っていても問題なさそうだ。
やる気にさえなれば、数字イコール絶対的という考え方を逆手にとって、読み手を間違えた方向に誘導することも可能だ
そうなると、今度は調査元が信用がおけるか、おけないかというところで判断するしかなくなってくる。
例えば、夏のラムネの消費量調査というのがあったとしよう。どこどこ地区の商店調査というと信憑性に疑問を呈するが、これが国の機関調査となると「なるほど」と納得してしまう、仮にいい加減な調査だったとしても。
あれや、これやと遠回りしたが、結局のところ「絶対に大丈夫、疑いようがない」、「信用がおける」というものについては、すんなり受け入れてしまうということだ。
そういえば、先日、全国紙の新聞で面白い記事を見つけた。
Y売新聞、S経新聞報道
2018年に火星人に遭遇した人は68人、前年に対して5人減少
M日新聞、A日新聞
2018年に火星人に遭遇した人は366人、前年に対して28人増加。
果たして、真相は…???