新作のオリジナル小説でございます。
昨年秋から今年にかけて、起きた出来事を参考に執筆いたしました。
男と女の不可解な関係と、それに翻弄される人々の話です。
登場人物のキャラ(性格設定)、ストーリーは、作者による創作でございます。


       十六 市長選挙

 前田あさひ市長の辞職を受けて、厩谷市は翌年1月に市長選挙を行うと公表した。正確には1月5日告示、1月12日投票である。
 12月17日、前市長は市長選に再出馬すると発表。
 桐生は心中穏やかでない。


「政治家は一度なったらやめられない」と聞くが、自分の不祥事で辞職した市長が、次の市長選に立候補するとは、あまりにも、ふてぶてしい。
 自分は捨て駒なのか? 私の一連の行動は、すべては市長のためだった……。
 彼女は口に出さなかったが、うるんだ瞳や仕草が、「ラブホテルに連れて行って」と語っていた。ホテル代だって彼女が全額負担したのだ。
 スキャンダル発覚後、市議会の要請を受けて、桐生は市長との件を詳しく説明した文書を提出している。
これは、市長から派遣された弁護士のアドバイスを受けて作成された。
〈ラブホテルは相談の場として使っていました。身体の関係はありませんし、恋愛感情もございません〉
 このように記しておかないと、後々双方に法律上の不利が生じる、という説明をうけた。
 身体の関係など全否定するに決まっている。妻の気持ちを想えば、当たり前のことだ。
 そして、〈ラブホテルを提案したのは私で、悪いのは私です〉とも記した。
 あのときの私は、市長の従僕だった。
 罪と認めれば、懲戒処分はないか、あっても、ごく軽い訓告程度になるだろう、と弁護士は言ったのだ。
 ところが、私は「懲戒処分停職6か月」ときわめて重い罰を受け、退職に追いやられた。
 家族にも捨てられそうだ。別居も3か月になる――。
 悪いのは私だけか? 
 前市長に罪はないのか? 
 そして、罰は私だけが受けるのか?
 彼女の再出馬は、勝算あってのことだろう。再び市長になるのだ。選挙費用1億2千万円、市民が収めた税金を使って、彼女の罪は償われるということだ。
 そして、弁護士は「職員の妻の意見書」なるものを発表している。
〈市長に関しては、快く思わない面があります。ですが、夫と市長の関係は、2人の主張を真実だと受け止めます。市長に謝罪を求めたり、慰謝料請求するつもりはありません。いまは、以前のような穏やかな生活に戻りたいと願っています〉
 この発表について妻に確認のメッセージを送った。妻らしくない表現がある、と感じたからだ。だが、返信はなかった。


 ネットの情報番組が厩谷市の市長選挙を大きく取り上げていた。謹慎期間を儲けずに再出馬する前田あさひを非難する投稿や、逆に擁護する投稿で、再びお祭り騒ぎとなっていた。
 クリスマスイブの夜、失意のまま自宅から戻った私は、せんべい布団の上でYouTubeを開いた。
 気分が悪くなるのに、つい、市長選の最新情報を得ようと指を動かしてしまう。
『前田あさひ候補に聞く』
 長髪の中年男が進行する番組が始まった。
 歯に衣着せぬ進行が、前田あさひに質問する。立候補の理由にはじまり、スキャンダルの件へ移っていく。
「ラブホに行くって、相手の奥さんの気持ちは考えなかったんですか?」
 ド直球の質問がぶつけられた。
「うーん、そうゆうのが、大丈夫な家庭だと思っていました」
 一瞬、彼女の眼が泳いだ。
「不倫って、精神の殺人だって言うじゃないですか」
「…………」
 未婚の彼女には響かない。だが、私には強く刺さった。私は妻を殺したのか?
「不倫を否定されています。ならば、相手はえん罪で懲戒処分ということですよ!」
「それは、苦情が寄せられて市の業務に支障をきたしたからで……」
「それで停職6か月はキツイですよ!」
 進行は手にしていたペンをデスクに放った。
「確かに重いと思います。でもねぇ、私が下したのではありませんから」
 彼女は飄々と話していた。

      つづく

 

参考資料/週刊文春 週刊新潮 NEWSポストセブン ReHacQ 各YouTubチャンネル