オリジナル小説 就職氷河期世代女2人の物語

「はい」「いいえ」1

 

「君たちは神に選ばれて、ここに来たのです」
 ゆかりはハッとして眼を開いた。
 天井が見えた。カーテンの隙間から漏れる朝日が、ぼんやりと六畳間を照らしていた。
 夢? 横の夫はまだ熟睡中だ。
 ここは間違いなく自分の家だ。住み始めて半年が経過した、やっと慣れたマンションの一室。
 ゆかりはそっと布団から出て洗面所に行った。大きな鏡が映すその顔は、間違いなく39歳相当で、小じわもシミもしっかりと持ち主に見せている。
 15歳のときに聞いた言葉が、今ごろ夢に出てくるなんて――。
「君たちは神に選ばれて、ここに来たのです」
 高校の入学式で聞いた、校長先生の第一声だ。
 あの時は意味がわからなかった。いや、実は今でもよくわかっていない。
「第一志望高に落ちたからここに来たのだ、という人もいるでしょう……」と校長先生の話は続いたのだった。
「自分は選ばなかったけれど、周囲に選ばれた、もしくは、望まれた」というくらいの意味かな? とゆかりは考え留めていた。
 今年は地方から首都圏に引っ越してきて、暮らしが大きく変わった。さらに、今日から新しい仕事につく。
やっぱり緊張しているのかな? ゆかりは鏡の自分に問いかけた。ついでにお肌のチェックも忘れなかった。
 新潟県新発田(しばた)市で生まれ育った。大学も就職先も新発田市内。結婚して新所帯を持ったのも新発田市だった。ずっとこの地で一生を終えるのだろうと思っていた。ところが、人生には何が起こるかわからない。アラフォーにして、初めての東京暮らしとなった。
 夫はサラリーマンだが地元の酒造メーカー勤務だ。営業職なので出張は多い。だが、引っ越しを伴う転勤などないはずだった。それが、東京営業所の所長に任命されたのだった。
 この春、一家で上京した。一家と言っても夫婦と子ども一人だけだが――。
 東京の人は「新潟」と聞くだけで「米と雪」を連想する。「酒」と答える人もいるが、それはいつも三番目に出てくる。
「新発田」では何も出てこない。いや、読めないうえに、その存在自体を知らないのだ。
 ゆかりはこの6ヵ月間、自己紹介するたびに郷里の無名さを思い知らされていた。
 
 自宅から歩いて10分ほどのところに公民館がある。4階建で体育館まで併設されている。
 小学校並みの大きさだ。こんなに立派な公民館を持てるなんて、さすが東京は違う。財政が豊かな証拠だ、と感心するばかりだった。
 この公民館の1階に図書室がある。ゆかりの新しい職場だ。
 欠員が出たらしく、夏に中途採用の募集があった。応募してみたら、採用されてしまった。転入してきたばかりのヨソ者をよく採ったものだ。
 臨時職員とはいえ、公共の施設で働くのは夢のような出来事だ。
「お仕事は?」と訊かれ「公務員です」と答える。すると訊いた人の表情が一瞬で変わる。〝羨ましい〟と顔が語る。
 新発田では希望者が多く、採用されるのは困難で高嶺の花なのだ。
 東京でも優秀な人たちが働いているに違いない。果たして自分に務まるのだろうか?

      つづく