新作のオリジナル小説でございます。

 昨年秋から今年にかけて、起きた出来事を参考に執筆いたしました。

 男と女の不可解な関係と、それに翻弄される人々の話です。

 登場人物のキャラ(性格設定)、ストーリーは、作者による創作でございます。

 

 

     やさしすぎる男とできる女

     プロローグ 発覚前

 ピコッ!
 短い電子音が、メッセージの着信を桐生修一に知らせた。
〈次の水曜日はどうかなぁ?〉
 舌足らずの甘えた声が、桐生の脳裏に広がる。すかさず親指を動かしメッセージを作成。
〈ノー残業デイですから、OKです〉
 目の前にはA定食が置かれている。彼は、味噌汁が冷めていくのもかまわずに、スマホを見つめていた。
〈うれピッ! じゃあ、十八時に出るから駐車場で待っててね〉
 ハートマークが文末に付いている。
〈承知しました〉
 返信して、ようやく桐生は箸を取った。味噌汁もショウガ焼きも、すっかり冷めている。かたい肉を食みながら、再度スマホに眼をやる。予想通り、彼女から特大のハートがたくさん飛ばされてきた。
 思わず顔が綻ぶ。職員食堂の片隅で、ひとり笑いする五十男に、周囲の人々は気づいただろうか?


        1 市長と秘書
 
 昨年4月、前田あさひは厩谷(うまや)市の市長に就任した。41歳。当市にとっては初めての女性市長誕生であった。
 大学在学中に司法試験に合格した才女。厩谷市で弁護士をしていたが、「もっと多くの弱者を助けたい」という志から、28歳で県議会議員選挙に立候補して、トップ当選をはたしている。
 彼女は県外出身者である。それが、保守王国といわれた当県で、それらの推薦を受けずにトップ当選するとは、誠に〝できる女〟である。
 私、桐生修一は市役所広報秘書課の課長で、前田市長就任時に着任した。つまり、市長の第一秘書みたいなものである。
 彼女は「できる女」との異名を持っていたが、それは周囲が作ったイメージが先行していたようだった。
 なぜなら、彼女は厩谷市の市政に関しては全く無知だった。
 県議会議員から見れば、当市などちっぽけな存在だったのだろう。人口30万の県庁所在地であるが、誇れる産業も有名企業もなく、市街地は衰退していくばかりである。
 そんな厩谷市であるからこそ、新市長にはしっかり働いでもらいたい。それは、彼女に投票した市民の声でもある。
 そこで在職30年の私が、市政の指南役を仰せつかったと自負している。
 新市長とはすぐに打ち解けた。物怖じしない愛嬌のある笑顔に、私は好感をもった。
「お世話になります。色々教えてください」
 初対面で素直に頭をさげてきた。
 その後、
「県庁で知事に睨まれた。どうしたらいい?」
 不安いっぱいの顔が、震える子犬のように見えた日もあった。
「商工会の理事に嫌味を言われた」
 うるんだ瞳が私を見上げてきた。
「人目のない所で相談したいの」
 厚ぼったい桃色の唇が私を誘ってきた。
「総合庁舎の駐車場まで迎えにきてね」
 にこにこの笑顔は、尻尾を振る愛玩犬を彷彿させた。
「ボクが信頼しているのはシュウくんだけ」
 私にしか見せない純真さ。何もかもが可愛かった。
〈辛かった。今夜、背中なでなでして欲しい〉
 市長とのメッセージのやり取りは、次第に恋人同士の会話のようになっていた。

     つづく

 

 

参考資料/週刊文春 週刊新潮 NEWSポストセブン