毎年、暮れになると山形の米農家の友人夫婦から早生のバラが届
く。細長い段ボール箱いっぱいのバラ。なんとありがたいことか。
「うわ、バラが来たぁ」
喜び勇んで箱を開けた瞬間、甘い香りが部屋じゅうに広がった。色
も赤、ピンク、濃いピンク、黄色。大きさも立派なもの、野バラの
ように可憐なものと、さまざまだ。
さっそくお礼の電話をする。「今年もありがとうございました!」
「届いた?よかったよかった」
聞くところによると、地元のバラ園で作っているそのバラは、水耕
栽培ではなく、土に植えて育てるらしい。「だからすごく持ちがい
いよ」
いくら科学が進んでも、豊穣なる土には勝てないのか。送られてき
たバラはたしかに丈夫で、暮れから正月をとうに越し、首をもたげ
ることなく咲き誇る。
たくさん届いたのを狭い我が家で楽しむだけではバチが当たる。そ
う思い、新年早々お会いする方々に数本ずつ分けて差し上げるのが
恒例となっている。
今年もまた、久しくご無沙汰していた九十七歳になられる知り合い
の夫人のお宅へご挨拶に行く折、赤いバラを持参した。「あらあ、
きれい!わたくし、この濃い赤が大好きなの。ほら、今日もバラと
同じ色のセーター着ているでしょ」
日によって体調に差があると伺っていたそのご婦人も、バラを見た
途端に目を輝かせてくださった。
花は人に活力を与える。花の力は偉大だ。
父は生前、「俺は花より団子だ」と豪語していた。父方の祖母がそ
ういう人だったらしい。よそ様から花をいただくたび、「あたしは
花より食べ物のほうがありがたいけどね」と文句を言っていたとい
う。その血を受け継いだのか、私も長らく「花より団子」派のつも
りだった。でも、年を重ねるうち、その気持ちに変化が出てきた。
遠い土地へ仕事に出かけ、ときどき花束を頂戴することがある。帰
りの荷物になるのはまちがいない。「どうします?こちらで処分し
ましょうか」
スタッフが気をきかせて言ってくださるが、私はしばし考え、「い
え、持ち帰ります!」
列車に乗ると、たしかに花束が邪魔になる。座席の脇においても隣
の人の迷惑になりかねない。さりとて網棚の上におけば場所を取
る。動かすたび、花びらがヒラヒラと通路に落ちていく。それでも
必死に持ち帰る。
玄関で靴を脱ぐ間も急かされて、台所へ直行。さてどの花瓶に生け
ようか。花ばさみを持ち、包みを開けて思案する。大きな花束を三
つぐらいに分け、同系色を集めて一つの花瓶に差し、道中に茎が折
れた一本は短く切って一輪ざしへ。カスミソウだけ一つの花瓶に飾
るのも悪くない。
とはいえ、本当に荷物が多くて持ち帰れないと観念したときは、そ
の日、一緒に仕事をした現地のスタッフに数本ずつ。帰りのタクシ
ーの運転手さんにも「一本、いかが?」
人様からいただいた花束のおかげで、私はいつもおおいに感謝され
