中国河南省淮水に流れる如水のほとり。
失踪した同期の官吏を探しにきた袁傪という若者の一行が、叢に飛び込んだ虎を訝しげに思っていたところ。
「危ないところであった」とその虎は何度も呟いていた。

袁傪「その声、我が友、李徴じゃあるまいか」

虎「いえ人違い、もとい虎違いじゃありませんか」

袁傪「いやいや、そんなことはない。その神経質で若干ユニークそうな言い回し、君は李徴なのでしょう」

虎「・・・はてさて、なんのことでしょう。」

袁傪「黙秘ですかね、いいでしょう。
それでは貴虎(あなた)を李徴ではない、道すがら出会った一頭の虎と仮定した上で、私の話を聞いてはもらいましょう。
私は監察御史、陳郡の袁傪といいます。
私には、切磋琢磨し合ってきた隴西の李徴という風変わりな同期がいたのです。その彼が失踪してしまいました。
李徴は博学才穎、若くして名を虎榜に連ねたのですが、性格は傲慢で且つ尊大、人からの干渉を嫌い孤独でありながらも人一倍人の目を気にする神経質で自己中心的。変な知恵があるのものだから、逆に自分自身の矮小さを気にしていたなんとも器の小さい男です。」

虎「友人をいくらなんでも・・・」

袁傪「それこそ虎になってしまってもしょうがない奴なんです。
己の才能を信じるがあまり下吏となって長く膝を俗悪な大官の前に屈することを潔しとしなかったのです。
いくばくもなく官を退き、妻と子を差し置いてでも、人と交を絶ってひたすら詩作に耽っていたと聞きました。」

虎「うん、一部価値観の相違がありますね。
虎の生活、虎ライフも悪いものではないですがね、うさぎとか美味しいし。
うさぎ~美味しい~かのやま~♪
ははは
もちろん問題もありますよ、
これが本当の虎ブル発生、なんつっ亭www」

袁傪「ちょうど一年前の今頃、この如水のほとりで彼は急に発狂し失踪してしてしまったそうです。」

この時、叢に隠れている笹の葉わずかな隙間から見える虎の顔つきが急に変わったように袁傪にはみえました。
そして何か言いたげな虎の沈黙があり、袁傪にもその虎の緊張感が伝わりました。
袁傪が息を飲み耳を澄ませていると、ゆっくりと虎が語り始めました。

李徴「袁傪、今から話すことをどうか落ち着いて聞いてほしい。
いかにも私は隴西の李徴だ。
ちょうど一年前、この道を通った夜を昨日のことのように今でもはっきりと思い出す。」

袁傪「・・・」

李徴「大雪が降ったせいで、長い列ができていた。
どこまでも続く、灯篭の灯りが綺麗だった。
(中略)なんでもないようなことが・・幸せだった。
なんでもないような夜のこと~、二度とは戻れない~よ~る~♪」

袁傪「・・・・・・・・・」

李徴「なんかね、頭にきて走り回ってたら、いつの間にか虎に変わってたんだよね。
はじめはどうしようかなと思ったんだけど、一年過ごしてみて案外、虎も悪くないんだよね。
我が妻子にもよろしく伝えておいてよ。元気にやってるって。
じゃあ、お腹すいたからちょっとうさぎでも狩ってくるわ。近くに来る用事があったらまた顔出してよ。」

詩人としてのプライドだけでなく、人としての誇りすらもなくなってしまっていたようだ。もちろん個人の視点に立つと、中途半端な才能にしがみつくより、どうせ何もできない妻子を気にかけるよりはよっぽど幸せなのかもしれない。袁傪は呆れ果てるのをとおりこして半ば感心せざる得なかった。

時に、残月、光冷やかに、白露は地に滋く、樹間を渡る冷風は既に暁の近きを告げていた。
人々は叢の前に立ちすくみ、最早、事の奇異を忘れ、粛然としてこの詩人のある種の薄倖を嘆じるのであった。


20141124自宅
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