ピアノ室内楽・伴奏科の受験は、
違った意味でソロとは違う大変な面がある。
受験曲は、ソロ曲だけでなく、
当然、室内楽曲もいくつか演奏しなければならない。
ソロは、ひとり勝負だが、
室内楽は、まず受験に同伴し、演奏してくれるメンバーを集め、
その日を確約しなければならない。
しかも私は、デュッセルでのビザ申請の資格が無いので、
受験日まであくまでシュトゥット住み。
考えれば1秒でどうしよう(;゜ロ゜となるところだったが、
シェンク先生の愛は、半端ないものだった。
”安心しなさい。受験に必要なメンバーはこっちで揃えといてあげる。
だから、今からひたすらプログラムに取り組みなさい” と言うのだ。
つまり、先生は、デュッセル大の現役ドイツ人学生に
日本人で受験希望の子がいるから、と声を掛け、
私の受験メンバーとして、二人の予定を抑えてくれたのである。
どこの誰かも分からないアジア人に
快く付き合ってくれることになったドイツボーイ達は、
外国人にも友好な心優しいクラリネットと
ガルシアガルシアのような髪型のチェロを専攻する学生だった。
私にとって室内楽受験は、
先生の手解きや厚情がなければ、絶対に無理だったろう。
こうして
シェンク先生のVorspielは、YES・NO(Ja・Nein)カードを
一生懸命作った想いが、一応届いた形にはなったけれど、
これは決して、合格の確約ではない。
試験官は、シェンク先生ひとりでもない。
試験当日の演奏が、合格の点数に満たなければ、終わりだ。
シェンク先生が他に助言したのは、ドイツ語検定資格のことだった。
シュトゥットと違い、
デュッセルの入試には、ドイツ語B2以上の言語資格が必須。
(これは州によって様々)
半年の間に、規定の何百時間の語学学校を受講し、
最後の修了試験を突破しなければならない。
受験日は、予備日のない一日の勝負。
ドイツ新幹線が止まって、当日の受験時に会場入りできなければ終わり。
なにか受け身で巻き込まれた理由があったとしても、
その時、受験できなければ、終わりである。
体調管理に気を付けつつ、事前入りの計画を念入りにし、
プログラムの準備と平行して、
入試までにB2検定資格の絶対取得の道が始まった。
この半年間、
友だち付き合いとかどうしていたのだろう。。。記憶が。恐
(゜_゜;)